第6話
一夏の夢
わたし、榊原一夏はずっとずっと身体が弱かった。
やりたいことも満足にできなくて、夢を見ることも許されなくて、全部全部がつまらなかった。わたしの知っている世界は狭い狭い鳥籠の中だけで、学校にも満足に通えなくて、駄菓子一つで一喜一憂していた。
けれど、そんなわたしの人生も全部がつまらなかったわけではない。何故ならば、わたしのことを必ず光に導いてくれる太陽のような幼馴染の如月晴ことはるくんがいたからだ。
「一夏!」
元気にわたしの名前を呼んでくれた彼は、笑顔で無邪気で、頭が良くて不器用で、わたしに外の世界を教えてくれた。悪い遊びを教えてくれた。ママや病院の先生がダメって言ったことをするのは楽しくて、毎日のように駄菓子屋に寄り道をして帰ったのは良い思い出だ。
彼にずっとずっと恋をしていたわたしは、小学校の卒業式でみんなの前で公開告白をした。優しい彼ならば断れないと思ったからだ。けれど、彼は何も言わずにわたしのことをずんずんと公園へと引っ張っていって、彼から告白してくれた。
正直に言って、わたしの緊張を返せと起こりたかったところだが、彼から告白してくれたことが何よりも嬉しくて、怒りは全部すっ飛んでいった。
わたしは自分で言うのもなんだが結構ちょろい性格をしていると思う。
死んで初めてやってきたお盆。
わたしは再びこの世界に帰ってきた。はるくん以外にわたしの姿は見えないし、はるくん以外に触れられないし、お菓子は食べられないし、一時的に復活させてもらっておいてなんだが、色々と不便で神さまに物申したい。
復活して一日目、わたしは真っ先にはるくんに会いにいった。
お菓子を食べるはるくんを見つめながら食べたいと思った。美紅おばちゃんとお話ししたいと思った。彼がくれたアイスやラムネを溢すのが勿体無いと思った。でも、気分だけでも味わいたかった。
その日の夜、思い出の公園のベンチに座ってぶらぶらしていたら唐突にわたしの目の前にたくさんの駄菓子が現れた。全部今日彼が購入していたものだった。
「おいしいな………」
多分律儀なはるくんがお供えをしてくれたのだろう。一緒に食べられないことが悔しくて、視界が歪む。
「なんで、なんでわたしだけこんな目に遭っちゃうのかな」
はるくんと一緒に生きたいと願っても、わたしは中学校の卒業式の日三月十七日に死んでしまったから、もう生きることはできない。どくどくと脈打たない心臓、凍りついたかのように冷たくて汗をかかない肌、自由に変化できる格好。どれもこれもが苦痛で、でもわたしの元気そうな服装に喜んでくれたはるくんが嬉しくて、わたしは明日着る服を吟味する。
明日着る服を決めたら、あとは眠る必要のない身体でぼんやりと夜空を見上げるだけ。
ふと思いついてペンダントを開くと、中には1枚の写真が入っている。
一人の少女と少年が写った写真で、言わずもがなわたしとはるくんだ。中学校三年生のまだ元気だった頃に唯一できた、少し遠めのデート先で撮った写真だ。向日葵畑でわたしとはるくんは幸せそうに笑っている。
多分、はるくんも同じ写真をペンダントの中に入れているのではないだろうか。
わたしははるくんがやってくるまで、ずっとずっと瞳を閉じていた。
二日目、はるくんはとっても早い時間にやってきた。朝が苦手なのに頑張ってくれたのが嬉しくて、気がつけば犬のように彼に近寄って沢山おしゃべりをした。
告白やプロポーズについての話を出すと顔を赤くする彼が可愛くて、沢山沢山意地悪もした。でも、それでもわたしのことを愛おしいと瞳で訴えてくれる彼がとっても素敵で、わたしたちは時間を忘れて沢山お話しした。
夕方になって去っていく彼の背中を追いかけたくて、でもできなかったわたしは、ものすごく臆病者だ。
三日目、はるくんは約束をしていた海に連れていってくれた。
はるくんは八月十三日に約束したから連れていってくれたのかもしれないが、本当はずっとずっと前にわたしたちはこの約束をしていた。
『わたし、海に行ってみたいな』
『………俺が連れてってやるよ。だから、ちゃんと病気を治せよ?』
明るく笑った彼はけれどとっても泣きそうで、中学校三年生の冬、多分彼はわたしの残った時間を知ってしまったのだろう。
わたしは元々十歳まで生きられないと言われていた。けれど、はるくんと長い時間一緒にいたくて一生懸命治療に専念した。だから、寿命は五年も伸びた。
でも、もっと一緒にいたかった。
わたしは着替えのために一人になった途端に目がうるうるとなってきたのに気づいてごしごしと目元を擦る。はるくんはわたしが一人で泣くのを嫌っていた。だから、わたしは絶対に泣かない。
変化でビキニを身につけて、はるくんに色仕掛けをやってみる。効果は絶大みたいで、ちょっとだけ嬉しくなった。
四日目、最終日にはるくんは花火大会に連れていってくれた。
人混みが苦手な彼はちょっと苦しそうだったけれど、一生分の運を使い果たさんばかりに色々なものをゲットしていく彼が面白くて、わたしは彼の隣でずっと頬が緩むのを止められなかった。
人混みを離れて彼と一緒に花火を見始めた。
彼には二つの選択肢があった。
一つ目は、今のまま普通に生きること。
二つ目は、わたしと一緒に逝くこと。
五つ目の花火が鳴った頃、はるくんは
『俺は君を愛していたよ』
と言った。
わたしは彼がどんな選択をしたとしても泣かないと決めていたのに、ちょっぴり泣きかけてしまった。
でも、わたしはこうなることを望んでいた。
だから、
『うん。わたしも、はるくんのことを愛してたよ』
と返した。
美しい送り火に見送られ、一夏の夢が終わっていく。
八月十六日、わたしの恋は花火とともに終わってしまった。
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