第3話
8月14日
次の日、俺は朝早くから起きて着替えと朝食を済ませた。
「行ってきます」
写真の中にいる向日葵のような笑みを浮かべた少女に声をかけ、俺は一夏に会うために公園を目指す。特に約束をしたわけではない。ただ、彼女は公園にいる、そう直感で思っただけだ。
今日もジリジリと肌を焼き付けるように日差しがとてもきつい。帽子を被って尚本当に暑い。暑すぎる。
「あっちー、」
「あははっ、本当に暑そう」
ひょこっと後ろに現れた一夏が、にこっと笑う。
「っ、………やっぱりここだったか」
「うん、正解!!」
俺の住んでいるアパートの近所にある公園で、俺と一夏は笑い合う。
殺風景で遊具らしき遊具といえば滑り台しかない公園は、噂によれば来年には取り壊されるらしい。公園もだが遊具の老朽化が進んでしまっていて、子供の安全の保証が取れないからだそうだ。
「今日は何して遊ぶ?」
持ってきたタオルで汗を拭きながら尋ねると、ツバの長い帽子に水色のノースリーブワンピース、スポーツサンダルを履いた一夏は不思議そうに首を傾げた。
「はるくんは高校一年生にもなって公園で遊ぶ気満々なの?」
「そうだが?」
俺が不思議そう首を傾げると、彼女はくすくすと笑い始める。
「いいよ。無理しなくても。はるくん、運動音痴でしょ?」
「………音痴ではないが、得意でもないな」
「まあ、そう言っても普通の子以上にやっちゃうのがはるくんなんだけど」
一夏は自慢そうに言うと、よしよしと俺の頭を撫でる。ガサツな仕草は大型犬の頭を撫でるかのようだ。
「一夏は相変わらず不器用だな」
「はるくんほどじゃないよ。小学校の卒業式の日のわたしの告白にうんとも頷かずにこの公園まで引っ張ってきて、『俺から告白したかったのにぃ!!』って叫ぶようなおバカじゃないし」
「うぐっ、」
「わたし、一世一代の告白だったのにな〜」
「ごめんて」
「わたし、頑張ったんだよ?」
「俺も頑張った」
「アレは頑張ったって言わない」
「うぐぅ………」
この話を出されると、俺は何も言えなくなる。
一夏の小学校卒業式で行われた一世一代の公衆前での大告白を無視し、公園に連れ込んで叫び、そしてヤケクソに告白するというものすごいやらかしをやらかした俺は、一夏に対して謝る以外に道がない。
彼女の友人集団にアレはないと詰られたのも、今思えば良い思い出だ。ついでに誰か俺の頬でもぶん殴って欲しかった。俺がタイムトラベルできるのなら、俺は自分の頬を思いっきりぶん殴って蹴っ飛ばす。
「ねえ、はるくん。わたしのこと好き?」
「何を聞いてるんだ?当たり前だろ」
当然だと返せば、彼女はくしゃっと泣きそうに笑う。向日葵のような笑みの彼女も素敵だが、そのほかの表情をした彼女も全部全部美しい。
「ねえ、はるくん」
「なあに?」
「わたしさ、ここでプロポーズされるのが夢だったんだ」
「そっか………」
思い出が詰まったこの公園は来年には撤去される。そして、俺はまだ高校一年生。責任が持てる年齢の人間ではないし、プロポーズが許されるようなことを彼女にしてきた人間でもない。
「好きだよ、一夏」
「うんっ!!」
ふわふわと帽子を脱がせた彼女の頭を撫でる。チョコレート色の髪は滑らかなシルクのようだ。癖になる感覚についついずっと撫でていると、彼女はご機嫌な猫のように撫でてほしいところに頭を擦り付けてくる。
「気持ちいい?」
「ん」
猫だったらごろごろと喉を鳴らしているかもしれない。
木陰に入っていても、やっぱり日が登ってくると暑い。じめじめと俺の首筋には汗が浮かぶ。
「お腹すいた?」
「ん?お昼ご飯をどうするかって話か?」
「うん」
「要らない」
本当はお腹が空いているが、一夏と一緒にいる時間を減らしたくない。
「ねえ、はるくんはさあ、高校で可愛い子に口説かれないの?」
「ん〜、だれも近寄ってこないよ」
しゃらしゃらと首にかけている半分のハート型のペンダントを弄ると、彼女も自分の首にかかっている同じペンダントをツヤツヤと撫でる。
中学校一年生の終わり、付き合って一年記念の時に俺がプレゼントしたくっ付ければハート型になるペアのペンダントは、俺と一夏がずっと身につけているものだ。
「このペンダントの効果かな?」
「………そうかもな」
笑い合ってハートを繋げると、一夏はくすぐったそうに笑った。
俺が太陽のデザインで、一夏が向日葵のデザインのペンダントを首から下げている。
「ねえ、なんでこのデザインを選んだの?」
「俺が太陽で一夏が夏を連想する向日葵を選んだ。二つ買って、その上で俺が君に太陽を渡して、俺が俺のものに向日葵の方を選んだのはただの独占欲だよ」
「っ、ーーーも、もう!大胆だなぁ!!」
照れ隠しで真っ赤な顔をした一夏は、ぽかぽかと俺の胸を淡く殴る。
「本当に、………俺は狂おしいほど君のことが好きなんだ」
ぎゅっと抱きしめると、彼女は泣きそうな顔で俺の背中に手をおずおずと伸ばす。
「わたしも、………あなたのことが好き」
すんと匂いを嗅ぐと、彼女から石鹸のような野花のようなふんわりとしたにおいが立ち込める。ぐりぐりと肩に額を押し付けると、彼女は優しく背中を撫でて受け止めてくれる。
愛おしい。
ただただその感情に支配されて、俺はずっと彼女のことを抱きしめていた。
「ねえ、明日は海に連れて行ってくれるのよね?」
「あぁ」
耳元で響く艶やかな声と湿った吐息が心地い良い。
「どうやっていくの?」
「歩いていく」
「遠くない?」
「一夏と二人なら平気」
微笑みを浮かべると、一夏は心底申し訳なさそうな微笑みを浮かべて『ありがとう』と呟く。
「俺は君が笑ってくれたらそれでいい。後のことなんて、全部全部どうでもいい」
「うん、………じゃあ、明日もここに集合でいいのかな?」
「あぁ。ちゃんと水着持ってこいよ」
「うん!!」
向日葵のような輝かんばかりの笑みを浮かべて、彼女は俺の胸に再びぎゅっと顔を埋める。
「もう夕方か………、」
「早いね」
「朝の八時から一緒にいたのにな」
ちらっと公園に立っている背の高い時計を見つめると、7時を針指している。
「十一時間って長いようで短いね」
「あぁ。短い」
橙の空にインクのような漆黒がじめじめと侵食し始める。
「じゃあ俺、先帰る」
「うん、ばいばい」
手を振った彼女の手はある日見た桜のように儚くて、俺は彼女の元に戻りたくなったがぶんぶんと頭を振ってアパートへと帰るのだった。
「ただいま、ーー」
アパートに入ってすぐに写真に挨拶をして、俺は2つのネックレスを撫でる。
明日は海に行く日。見つけた水着を鞄に詰め込みながら、俺は明日の予定に胸を踊らせて風呂に入り、食事を摂ってベッドに入る。
冴えてしまった目は中々閉じなくて、俺は結局十二時をすぎるまで眠れなかったのだった。
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