第二章 縋るもの
気付けば青年は音楽一色に染まっていた。両親は息子が初めて何かに深く興味を示したことに大変喜び、多くを買い与えた。パソコン、電子ピアノ、ギター、マイク……。素人でも知っているような分かりやすい機材だけでも部屋が埋まるほどだった。とは言え大して家も裕福な訳ではなかったため、ほとんどは中古品か譲り受けたもので、青年はそれでも夢中になって音楽をした。良い意味でも悪い意味でもまっさらであった青年は何に汚されることも無くただ作り続けた。理由は特に無かった。始めたきっかけも、あの屋外ビジョンかと言われると素直に頷けず、青年本人にもよく分かっていないというのが本音であった。青年の青く短い春は音楽以外これと言って無かった。元々何も無かった青年はまるで水を得た魚のようで、音楽以外何も無いことに対しては青年自身気にも止めてなかった。ただ作って、弾いて、歌って。青年はそのことを努力とも思っていなかった。好きなことを続けることすらがどれだけ尊大かも、青年はまだ知らなかった。そして好きなことにのめり込むことがどれだけ人生を左右するのかも知らなかった。だが、その時はすぐに来た。人生の岐路。そんなに重大なものが、こんなにも早く来てしまうものかと青年は思い知らされた。少し前までなら、自分はきっとここで平凡な選択を取って、これからも
父親の反対を押し切って東京の音楽大学へ進み、青年は音楽家となっていた。曲は書けば書くほどあの音楽ユニットへの想いを募らせるばかりで、青年が音楽を続ける大きな理由の一つになっていたのは間違いなかった。ただ彼らに追いつきたい。彼らのような音楽がやりたい。はるか上に見える山頂に思いを馳せて、ひたすらに登っていた。別に彼らがこの山からいなくなってしまっても登ることはやめないだろうけど、目標として、自分の進むべき道として青年は確かにその2人を見ていた。彼らの音楽を聴いて、劣等感を持つことも多々あった。大学生になって、ネットに自分の曲を出すようになって、色々な人に褒められようと青年は自分の中に開いた穴を埋めることは出来なかった。どうして彼らのような曲が作れないのかと自分を責めた。また作って、自尊心を取り戻して、完成して、羞恥心に襲われる。その繰り返しだった。ただ、音楽は楽しかった。青年が唯一心の底から楽しめることだった。今思うと楽だったのかもしれない。
大学に入って音楽をネットに投稿し始めてから1年が経った頃だった。音楽をあげる以外に投稿なんてしてなかった青年のSNSに、1件のDMが届いた。青年が音楽を投稿している動画投稿サイト、そこで開催される祭りに一緒に参加しないかという内容だった。青年はよく分からなかったが、ただ音楽を作ればいいだけだと知って了承した。初めはその1度きりで終わらせるつもりだった。その祭りの真似事のランキングで1位を取ってしまうまでは。急に目の前の道が開けたように感じた。彼らが突然、すぐ近くにいるように感じた。
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