第一章 目指すもの

 青年は至って普通であった。

 こういった言い方をすると何かに感化されたものたちが「当たり前では無い。恵まれた現状に感謝せよ」と騒ぎ立てるかもしれないが、とにかく青年はどこをとっても平均的な人間であった。優れたところも特になければ、逆に劣っているところも目を皿のようにして隈なく調べでもしなければ見つからなかった。青年は好きなことも、趣味のひとつさえもこれと言って無かった。強いて言えばひとつ、人並み以上程度には音楽を聴く青年だった。だがそれもどのバンドが好きだとか、どのジャンルが好きだとかそういったものは無く、通学のため何毎日電車に乗るのが暇で仕方ないので、生まれてこの方使ったことのない貯金を唯一使って買ったイヤホンで、何ともなしにBGMとして聞いていたのだった。中学進学の頃の話である。人間とは不思議なもので、その物に興味を持たずとも、知るだけでそれに関わる情報が否応なしに入ってくる。諸君も何か物を知った瞬間、日常生活の中で急にそれをよく見かけるようになる現象を経験したことがあるだろう。青年も同じであった。いつもと同じように一家団欒の中でテレビを見ていても、特に目的もなくネットをさまよっていても、何故かよくイヤホンを見かけた。イヤホンのCMには当然だがのアーティストが起用される。まるで人生のサブリミナル効果のように青年の脳裏には気付けば音楽が刻まれていた。だがまぁ、この平均的な青年、何に対しても興味を深く持たなかったからこそこのようになっているわけで、脳裏に刻まれようが大して踏み入れようとも考えていなかった。

 中学進学とともに買ったイヤホンが、性能も何も物足りなくなってきた頃、青年は高校生であったが、やはりイヤホンを着け音楽を聴きながら街を歩いていた。イヤホンのせいもあり青年には街の喧騒など聞こえていなかったはずであるのに、青年は何故か屋外ビジョンの映像に目を奪われた。生き急ぐサラリーマンにぶつかられ舌打ちをされても、呑気なキャッチに声をかけられても、青年はそのCMをぼうっと見ていた。SONYの新型イヤホンのCMだった。別にどうしても新しいイヤホンが欲しくて、その商品に心惹かれた訳では無い。出演していたアーティストに惹かれたのだ。イヤホンを外し、その音楽に耳を傾けた。2人組の音楽ユニットだった。元々活動はしていたが、最近ドラマの主題歌など世間の目に触れるところに良く進出するようになって、今では今の時代を代表するとまで言われるようになった音楽家たち。その音楽に、青年は大衆と同じように魅了された。

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