78話

 手術台のような場所に水晶のようなブレイブを置くと、そこから映像が流れ始めた。


「なかなか重い設定だなぁ。人権売り払うって、まあありがちだけど」

「そこまでしなきゃならねぇ相手が、ほとんど映ってないってのがな」


 どうやらボスにあたる「メガセリオン」という名前、それを操っているのか、それとも種族としての名前なのか「マーレス」という名前も気になる。


「あんなにでっかいのに、今はいませんよねー? 目撃例もないし」

「本当に倒したのかもしれません。あの人、たぶん「ロストエイジ・サウザンドショーグン」のオリジナルでしょう?」

「そりゃそうだよ、だってLATSのブレイブだもん」


 ひとつ確実に分かったことはそれだった――生物種としてのモンスターはともかく、機械や符蛆のAIは「余計な部分をそぎ落とした」人間だ。そして、志願者ソルドの「人格データ」という言い方も、おそらくは「加工していない人間」みたいな意味なのだろう。


「ま、設定ひとつでゲームやめますなんざぁ言わねぇがな。ここが保守されてた理由は、あるとして二つか……」

「人間陣営の誰かがひそかにやってたか、マーレスが狙ってたか……だよな?」


 ただの災害や怪物のような言い方ではなく、戦略もある程度見抜いたうえで仕掛けてきている、というような言い方だった。もしかすると、あの巨大な怪物だけではなく、すぐれた頭脳を持ったうえで人間社会に潜伏できるようなものもいるのかもしれない。


「けっこう遅い時間になっちまったな。俺はそろそろ落ちるぜ」

「あ、いけない……夜更かしはできませんよね」

「わたくしはやっちゃいますけど」

「いいねぇいいねぇー、付き合うよっ!」


 なぜかピュリィとローペが意気投合していたが、俺はそういうのはやらないタイプだ。両親からも、ゲームで夜更かしするのはできるだけやめろ、と言われている。


「そういえばさ、動画で見たやつ使ってないのって、なんでだっけ?」

「ん、そういうクエストがあってさ。行き詰まってるんだよね」

「ふーん。何するの?」


 ローペは、さっさと解決してほしいようだった。もしかすると、こちらでもフルパワーの俺と戦いたいのかもしれない。


「えーっと……」


 クエスト内容を確認すると、[英傑とは何かを示せ]と書いてあった。


「英傑とは何か、かぁ……」

「簡単だね。この股間のことじゃないか」

「は?」


 本気で何を言っているのか分からなくて、つい失礼な言葉が出てしまった。


「えっと、……??」

「心の奥に焼き付いた憧憬、あるいは誰もが知る存在。君たちはきっと、マンモスの牙を見るたびにこの股間を思いだすだろう」

「ふざけてんのかてめーは」

「真剣さ。英傑とはつまり、その場になくとも人を動かすものだからだよ。「きみ」は……ことを起こすことで、逆説的にそれを証明しようとしたんだね?」


 俺の腰……ではなくムチ、つまりライヴギアを見ながら話している。誰もが、あまりにも意味不明な光景と言葉に支配されていた。


「遠く思う方が、強く心をかき立てるものさ。離れていったもの、近付くことができないもの、そういったものの方が人を惹きつける――ゆえに」


 ムチがふわりと浮かび上がって、ぶるぶると震え出した。


「すべての忘れられた「きみ」を、ここで思い出させるべきだ」

「えっ、条件達成……!?」


 絵と会話するだけでもわけがわからないのに、それで条件が達成されているのも意味不明だった。



[英傑は証明された]

[条件達成:クエスト「ミーム収束#12458155」クリア!!]



 薄汚れた竜巻のようなものが、まっすぐにこちらに向かってきていた。


「なんです、あれ」

「紙に見えるがなあ」


 何百、何千ではない……軌道エレベーターと同等以上のサイズを誇る紙の竜巻は、何千万、何億と増殖し続けた「由縁無影ゆえなきかげ」たちだった。小さな言葉が聞こえるような、聞こえないような……ざわめきかさざめきか分からないものが響き続けている。



[絵語「由縁無影ゆえなきかげ」の安定化措置が完了しました。

ライヴギア〈柳尾の型〉が完成しました。]



 無数の紙束が融合し続けていて、こんな密度になったら何が起こるのか、というくらいになったところで、ムチが手元に戻ってきた。


「重く、ない?」

「一瞬で終わってんじゃねえか。さっさと相談しとけよ」

「すみません、そういうのだと思わなかったので……」

「それもそうか。わかんねえもんだな、クエストってのも……」


 ほんとうに何一つわけがわからないまま、クエストは終わった。


「錫児さん、えっと……」

「スパイスを口にぶち込むのは、ただの暴力だ」

「どういう意味でしょう」

「あるべきタイミング、あるべき量で渡さなくてはね。情報も同じさ」


 股間に生やした象牙をたぎらせながら、青年は笑う。


「ゆっくりおやすみ。また戦うために」

「そう、ですね」


 ログアウトする間も、錫児さんは余裕を崩さないままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る