68話

 宣言とともに、すさまじい光が幾度も炸裂する。


 赤と青、交錯のたび散るそれは、花火のように強くきらめいていた。


「やるねー? ちゃんと〈バブルウェイト〉使う人、あんまりいないんだけど」

「そりゃ、当てるだけ無駄だよこんなの……!」


 鎖の先に生まれる短剣型の錘は、激しく揮発するダークマターの塊である。消滅するまでの時間内、あらゆるものに対して疑似的な斥力を発生するそれは、凝結能力のもうひとつの形といえる。


「でも、もう消えるね」


 ところが、鎖の先端というきわめて局所的な発生、かつ短時間の凝結により、〈バブルウェイト〉はそこまで有効活用されていない。


 黒い少女の言葉通り、血の紅を宿した短剣は、大剣を弾き返したのち数度瞬いて消えた。そこからの攻め手に対応できず、鎖を走らせたアンディロアは大きく吹き飛ぶ。


(別に負けても、とは思ってたけど……ないな。勝たないと)


 始まった戦いは、やや膠着状態にあった。


「ちょっと面白くない感じかな? こういうの、盛り上がりに欠けるから……さ」

「確かにね」


 攻防が巧みであれば見栄えもするものの、光が激しすぎるとよく見えなくなる。人を楽しませることを生業とする少女が選ぶのは、確実な勝利ではなかった。


「ユニオンソード、合体!」

「来ちゃったな……!!」


 いびつな形状をしており、実用性に欠けるように思われた片手剣――その正体は、スカートに使われていた装甲をまとめあげる総合ジョイントである。光の散乱をコントロールする奇怪な鉱物で構成される装甲は、複数に分割された機構をひとつのものとして捉え、最大最強の必殺技を放つ巨剣と化した。


「さすがにちょっと削れて、フルパワーじゃないかぁ。でも」


 ソードビットは、本体のHPゲージを切り離すことによって自立稼働する。そのため、ビットがダメージを受けることで、ユニオンソードの性能は下がっていく。それを補う方法は存在しないため、巨剣は必殺技にはなり得ない……などということはない。


「〈ラグナブリンガー〉!」

「〈アンカーチェイン〉!!」


 終末戦争ラグナロクを思わせる茜色ではなく、そののちの光景、すべてが死に絶えた夜の月を思わせるすさまじい蒼。物悲しい色には似合わず激しく噴き出る光が、戦場を縦に分断した。ぎりぎりで逃れたアンディロアは、ゲージがいっぱいになっているのを確かめた。


 その使いどころが思いつかないほどに、巨剣の射程は伸びている。HPを継続消費するという格闘ゲームにあるまじき技かつ、高速移動や緊急回避手段を持たない敵ならば瞬殺できる、ほとんど禁じ手にも近い技である。ふつうは互いに削れたあと繰り出し、巨剣もさして強くない状態になるため、ロマン砲として考えられているが……短期決戦に持ち込んだとしても、アンディロアには決め手がない。


「今なら倒せるよ、ほらっ!」

「冗談きついよ!?」


 たしかにHPは半分を割り込んでいるが、ラヴィグナの装甲は堅固の極み、真っ当な手段で削り切ることは難しい。


「とりゃああーっ!!」

「やっば……!?」


 横薙ぎの光が、空へも届く一撃を繰り出した。ステージにいくつかあった探査機の残骸が連鎖爆発を起こし、視界がわずかにさえぎられる。遮蔽物としてもほとんど役に立たなかったものが消え、いよいよアンディロアの敗北が決まったかと思われたとき。


 上空へと、真っ赤な鎖が伸びていった。


「伸びた先にいるなら、そのまま――、!?」


 振り下ろした巨剣が、斥力によって思いきりぶれる。


「やっと役立ったか!」


 真っ赤な……あまりにも赤く光るそれは、鎖ではなく楔=〈バブルウェイト〉のエフェクトであった。そして伸びた三本の〈アンカーチェイン〉は、ドドドッと連続して少女に刺さる。


「まだまだ……!」

「それはどうかな?」


 しゅるりと振るわれ軌道を変えた中空の鎖は、ステージ中央の空に固定された。


「まずは根性!」


 おそるべき力で持ち上げられたラヴィグナは、絶叫マシンをもはるかに上回る急激な上昇に耐える。攻撃のチャンスを待って、剣を握りしめるが……


「第二に根性!!」

「それしかないの!?」


 足場に立ったアンディロアは、なぜか空中に身を投じる――引っ張り上げられた浮遊感が消えて、少女は振り回されるように落下していく。思わず取り落とした剣から、光が消えていった。


「くっ、う……!」


 とっさに分離したソードビットが光線を撃ちまくるが、狙いも定まらず、当たったところで決め手にはならない。相手のHPも、半分を割り込んだ程度なのだ。


 アンディロアは落下したわけではなく、空中に設置した足場に逆さ吊りになっていた。ラヴィグナを牽引する鎖が下へ引っ張られれば、落下に牽引を加えた力がかかる。


 轟音。


 どれほど堅固な装甲であれ耐えることのない、何よりも大きなとてつもない衝撃は、最強をたやすく打ち砕いた。


「空中ブランコ……やばいね」

「賭けに賭けを重ねたから、二度目はないけどね」


 相手の武器を弾いたところで、態勢の立て直しはそこまで難しいものでもない。ナイフが軌道を外れようと、初撃が当たらぬ場合を想定した格闘術はすでに考案されていることだろう。しかし、天へ届く巨大な剣が横方向にずらされれば、手元へ向かう反動はそのぶんだけ大きくなる。


「じゃあ、またあとでね!」

「うん。あっちで、一緒にやろう」


 試合は終わった。

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