67話

 満天の星空――という言葉が陳腐に思えるほど、すさまじいほどに黒々とした宇宙が広がっている。深く深く広がるものを表す言葉がそうあるのなら、境界をさえ観測することのできぬ果てしない虚無は、空にあれど「深淵」であるのだろう。


「そっちで来たんだね。タンヴィークで来るかと思ったら」

「鎖と足技だろ? これがやりたいんだ」


 月面のごとく、ただ茫漠とした荒野。そんな中にぽっかりと開いたクレーターに、輝きをまとう戦士が二人、向かい合っていた。


 山を背にして立つのは、ゴシック調のドレスとも見まがう装甲をまとう戦士「ラヴィグナ」。奇妙にごちゃごちゃした実用性の低そうな剣を持つ女性型のそれは、ハビンチュラと呼ばれる宝石の力を宿す、「キラメキナイト」の一人である。


「持ちキャラで対戦だよ? なかなか、身のこなしはいいけど」

「修行中だけど、こっちも跡継ぎくらいにはなりたいからなぁ」


 女性型に向かい合うのは、手枷足枷から鎖を下げた、装甲の薄い戦士「アンディロア」であった。どちらかといえば男性に近く見えるそれは、ケヴミコートという宝石の力を宿すキラメキナイトである。


 黒青と紅白がじりじりと円を描くように移動し、互いの隙をうかがっている。


 先に動いたのは、アンディロアだった――血鋼の鎖が、レーザー光線のように宙を駆ける。拳の延長線上として繰り出されたそれは、ラヴィグナの剣へ絡みつく。


「おぉー。これは、いいね」


 かれらの武器は、破壊不能である。鎖を断ち切ることはできず、続いた回し蹴りから伸びた鎖が少女を打ち据えた。そのままチェーンデスマッチに持ち込むかとも思われた矢先、抜けた力がしぜんに鎖をほどき、アンディロアは飛び退る。


 巨大なスカートが分離し、浮遊する。武装「ユニオンソード」の片割れ、そのメイン機能はソードビットであった。


「初手から……!」

「さっきもだったよ?」


 ビームの発射間隔はやや長く、直接的な打撃の威力も高くはない。しかし、横薙ぎに空を裂いた鎖は、ビットに止められた。ラヴィグナが最強である理由のひとつ、破壊不能の装甲による任意のタイミングでの防御。これをかいくぐるには、隙間を狙うか速度で上回るしかない。


 六つのビットが舞う空間で、アンディロアは四本の鎖をいっぱいに伸ばしていた。ワンツーで繰り出すジャブに続く鎖は届かず、ビームを避けるのもひと苦労だ。しかし、攻撃と防御には必ずふたつずつ、そして待機中のふたつをそれぞれにシフトしている、そこまでは見えていた。


(地形を利用するのは、ちょっとだめかな。壁際もぜんぜん使えない)


 クレーターの端は、登ることができないステージの限界になっている。追い詰められたときの打開策も用意してあるとはいえ、ラヴィグナとアンディロアの相性は、こと対空性能においては最悪といっていい。


 剣の間合いではないため、ラヴィグナにできることは限られている。ちまちま削ってゲージを溜め、高速移動に転じて仕留めにかかる……それが、アンディロアに許された勝ち筋だった。それは、当人はおろか見ている誰もが理解していることである。


(ひとつでも落とせたら、ユニオンソードは機能不全になる。それが狙えない限り、どう足掻いても……)


 文句なしの最強を相手取っては、思考も鈍ろうというもの。アンディロアは、己の持つ技の強さを失念していた。互いの持つリソースの削り合い――無限にも思える固さの裏にある弱点と、真っ向から打ち合える手段が存在する。


(いや、違う! もっと繊細な扱いが必要だけど、あれなら……!)


 鎖の先に当然存在すべきはずの物体。


「〈バブルウェイト〉!」


 アンディロアは、楔を呼び出した。

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