65話

 ときおり取りざたされる「ストッピングパワー=攻撃による抑制力」という概念は、こと『だぼパ』においては何よりも重要だとされている。なぜなら、敵の動作には大きな隙がほとんどないからである。


 そういった意味では、継続的に攻撃を行えず敵の打撃を受けやすいワンガイザーは、物理的な衝撃をともなうだけまだマシだと言える。最初の敵が警棒を持った戦闘員である『だぼパ』は、攻撃のタイミングが非常に掴みづらい。最悪でも自爆して距離を取れればいいワンガイザーと違って、アンディロアは鎖でしか戦えない……攻撃を受け止めることさえままならないのだ。


「こういう感じなのか……」

「そういうこと。移動には恵まれてるけどな」


 クソ調整も、物理演算にまでは及んでいない。とはいえ、ゲージを溜めても鎖はたんなる鎖でしかなく、攻撃を止めることは難しい。アンディロアの攻防の要はすべて〈アンカーチェイン〉にあり、これさえ使わせなければ勝利は目前なのだ。


(なんつって、こんだけ動きがよければまだまだ逆転あるけど。強いぞ、この人)


 鎖の射程距離はほんの一メートル程度だが、威力を考えなければ大剣にも匹敵する。手だけでなく足も使えると考えれば、まだまだ伸びる。結晶自体を投擲する必要があるはもつからすれば、有効射程はさして変わらないと感じるほどだった。


 ゆらりと揺れた上半身は、ワンツーのリズムで鎖を突き出す。変則的に襲いかかるそれを避けようとすればするほど、幻惑めいて避けきれないダメージが積み重なっていった。


「なかなかやるな……!」


 バイザー越しの視界には、深紅がチロチロときらめいていた。ダメージはさして期待できないが、態勢の立て直しには使える。そう考えて起爆した炎は――


「〈アンカーチェイン〉」

「やっぱり……、じゃない!?」


 端的に言えば「空中に足場を作る」という性質の技は、即席の防御としても使われがちだ。アンディロア使いなら誰もが行う定石は、そこまでの驚愕には値しない。


 が、そこから爆炎を突き破った影が、拳を突き出してくるのは予想外だった。


「並行移動! 当たり前なのにな……!」

「射程はそっちが広いんだから、飛んでも跳ねてもしょうがないよね?」


 遠隔で起爆できるのなら、敵が空中に逃れようが同じだ。受けるギリギリさえ見極めれば、空中で爆死させることもできただろう。


「正論は好きじゃないなぁ、見せ技も使わないのかよ!」

「またそういう機会があればね!」


 とてつもなく重い打撃が、腕のブロックを崩す。爆発寸前の結晶が視界を赤く染めるほどに舞い散り、アンディロアへと大量に付着した。


(これでギリギリまで削れ、……!?)


 ズドンッ、と肩口を射抜いた感覚には覚えがない。異常な荷重と慣性がかかり、はもつは地面をずるずると引きずられていった。


「なっ、にが……!」


 ようやく見えたそれは、凶悪にきらめく鎖。体から空中へと長く長く伸びるものを見たワンガイザーは、相手の意図に気付いた。


「使ってるじゃないか、見せ技……!!」

「戦いは、エンターテインメントだからなっ!」


 天にある紅白の戦士に、いくつもの爆発が追随する。たしかに削れた体力ゲージは、しかしゼロにはならない……かなりの余裕を残して、アンディロアは天頂へ達した。彼の三次元機動の要、巻き取りの動作が始まる。


「はははっ……来い、アンディロア!!」

「おりゃあああああーっ!!」


 自由落下、そして固定された敵への移動。


 ふたつのエネルギーを合一した蹴撃は、ワンガイザーを粉々に打ち砕いた。


「必殺技で締めるのは、じっさいヒーローだな……」

「原作にはない技だけどね」

「全員オリキャラだろ!」

「ごめん、履修してなくて」


 このゲームに特撮ドラマ『キラメキナイト』の登場キャラは一人もおらず、『だぼパ』にはCVも必殺技もない。テンプレと化したやり取りを交わしつつ、はもつは退場した。


「グッドゲーム! 本命がんばれよ」

「ありがとうございました!」


 本命が誰なのかは、言うまでもない――攻略においても、格ゲーにおいても最強とされるキャラ「ラヴィグナ」。そして、どの世界でもゴスロリ乙女か男の娘として戦う配信者「ロープ」だろう。


(前座であったまったかどうかは別として……帰還兵同士の戦いか)


 大いに価値のあるものが見られるに違いない。控室から通路に戻ったはもつは、大型モニターの前に走っていった。

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