62話

『キラメキナイト バトルバース』の知名度は、異様に低い。


 前作のひどく高い知名度に引きずられるかと思いきや、パッケージにいた前作キャラたちが「だぼパやってる前提とかふざけんな」と炎上したくらいだった。ふつう「キラナイをやる」というと「(一人用の)キラナイ」となり、だぼパを指す。けれど、「キラナイをやろう」と誘うと「(格ゲーの)キラナイ」、こちらになる。


 そもそも誰も知らないキャラのキャラゲーを作ったところで、特撮ドラマ時代のファンはほぼ寄り付かない。前作で知ったクソゲーハンターも、凡ゲーであるこの作品には目もくれない。そもそもシナリオが暗すぎて視聴率が低迷したドラマだということもあって、ファンは少なかった。不人気作の二次創作の、さらに二次創作みたいなもの……というと分かりやすいだろうか。


 さっき見ていたゲームとパッケージが似ていたからか、姉は「ん?」とのぞきこんできた。


「同じタイトルなのに、全キャラ入れ替えなの?」

「こっちが出てくるキャラだよ」

「……パッケージと同じもの出てこないんだ」

「うん」


 世にクソと言われがちな作品の特徴として、宣伝広告と実情がまったく伴っていないことがある。言わずもがな、キャラゲーでやったらとんでもない大騒ぎになる。


 宝石の力を宿した戦士、という設定の「キラメキナイト」だが、ゲーム版に登場するキャラクターは設定を与えて自動生成された別物だ。原作ファンには大人気だったルビーの戦士「フランビート」は出てこない――「ディオラヒースの力を宿した戦士、オドパルミール」なんて言われても、元ネタも要素も知らない上にセリフのひとこともないのだ。なりきりもクソもない格ゲーは、「ナシではない」という消極的な評価をもらって消えた。


「友達とやる約束してるんだ。訓練的な」

「へー。まあ、気分転換もいいかもね」


 格闘ゲームとほかのゲームのもっとも大きな違いは、「命中率」というパラメータだろう。MMOだと、ステータスを強化することもゲームの目的のひとつで、ありとあらゆるステータスをほかのプレイヤーと競うことになる。


 対人戦で命中率と回避率がぶつかるのはもはや様式美だが、格ゲーにはそれがない。どれほど鈍足のキャラでも、最速のキャラと真正面からやり合うことができる。溜めが遅い技を当てる方法があり、速さをつぶすテクニックがある。格ゲーほど純粋に“強さ”を競えるゲームは、なかなかない。


「がんばれー。楽しそうにしてるとこ、けっこう好きだしさ」

「うん。行ってくるね」


 ベッドに寝転んでNOVAへとダイブし、個別のゲームに飛び込むための扉を見る。挑戦者を待つ岩の扉、それこそが『キラメキナイト バトルバース』の……よく言えばそれらしい、悪く言えばありふれたモチーフだった。


 足を踏み入れた俺は、性徴顕化よりも前から使っていたアカウント……「テンガラ」の姿へと変わる。頬にひび割れのようなタトゥーを入れた、それ以外に大した特徴のない少年だ。


「気付いてたのかな……」


 頬のひび割れ――「変わりつつある」という印象付け。あるいは、本能的に性徴顕化が起こることを察していたのかもしれない。そんなことを思いながら、俺はセレクト画面と観戦席を兼ねた通路に降り立つ。


 とたんに、わっと歓声が上がった。


「やっぱすげぇぞ、ロープ! 男の娘似合うし」「前後むちゃくちゃじゃねーか性癖モンスターがよ……」「じっさい強いカワイイは五大栄養素満たしてるからな」「補いすぎだろ」「挑戦者待ってるって話だけど、二試合終わってんだよな……」「ワンチャン俺ら入りこめたりしないか? 価値あると思うんだよな、この戦い」


 人と約束しているのに外出したのが悪かった――とは思うのだが、そのわりにはかなり楽しんでいるようだった。一度戦ってみたい人もそれなりにいるようで、何試合も同時開催されるちょっとしたお祭りになっている。


 いきなり挑戦しても大丈夫そうだ、と判断した俺は、控室の方に向かった。インスタンスマップに入ると試合待機状態になり、現在マッチング中の相手と戦うことができる。VR全盛時代の格ゲーとして、キラナイもテンプレを守っているのだ。


「さてと……誰と当たるかな」


 持ちキャラではなく、今の戦い方に近いキャラを選ぶ。


 俺にとっての格ゲーは、どこまでも動きの練習場所だ。オーソドックスな剣盾はやるまでもないし、刀は慣れているので心配ない。


「開始、っと」

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