61話

 肩幅の違いなのか、腰回りの細さなのか、男物のコートはかなり大きかった。布地でいうと、肩と袖をつなぐ場所が思いっきり下に落ちている。そのせいか、袖口から指先がちょこっとしか出ていない状態になっていた。


 ブラウスにセーター、ロングスカートと冬仕様の恰好をしている。三寒四温という言葉もあるけど、風が吹くとまだまだ寒い。近場の公園に行ってお弁当を食べるだけだと、冷える方が勝ちそうだ。家の中ならもこもこの靴下でもよかったのだが、これだと靴を履くのが大変になる。ちょっとだけ薄めの靴下に足を通すと、まるで自分がすごく美脚になったかのように思えた。


「準備できたし、行こっか」

「うん」


 小さな手提げ袋に入れた、すごく小さなお弁当を持った。ミュールというらしい靴を履いて玄関を開けると、思ったよりも冷たい空気が入ってくる。ガーデニングもしていないのに生えている雑草も、春に一筆なでられていた。本調子でもないピンクがあちこちに出ているのは、寝ぼけているようにも見える。


 近場の公園――といっても、盛り上がって高くなった散歩道を中心にして、砂場と四阿、原っぱくらいしかない――へと歩いた。小さい頃は毎日のように通っていたし、砂場でも原っぱでも楽しく遊べたような記憶がある。


「なんで公園って小さく見えるんだろう」

「なんでだろうね。子供だって、私たちの半分以上はおっきいはずなのに」


 出生時は五十センチくらいだとか聞くけれど、保育園児がどのくらいかは知らない。だとしても、あそこから倍以上は成長していない気がする。


「背も伸びたし、視野も広がるからかなー? 小っちゃい子とぶつかりそうになること、よくあるでしょ」

「あ、そうかも。視野かぁ……」


 ゲーム内だと、あまり考えることのない概念だった。ものが見えるかどうかは、ほとんどマスクデータになっている視力や、モノ自体の大きさに依存している。対多数戦ならすこしは考えるけど、それはまた別の話だ。


 冬枯れを過ぎて、フレッシュとも違うけど、妙に活気のある原っぱが目に入った。むやみやたらに駆け回って、あちこちにある草花を見たり、端っこにある植え込みのどんぐりを拾ったりしていた覚えがある。思えばあのワクワクは、新しいゲームを始めたときのそれよりもずっと大きかった。


「さすがに空いてるね。まだ寒いからねー」

「ここ、桜がちっちゃいのが惜しいなぁ」


 そういう品種なのか、ちょっと赤みの強い桜だった。高さは俺の背丈より大きいくらい、百七十センチあるかないかだろうか。遠くから見ると上部も見えてしまうし、全体の形状も植え込みみたいにまとまっているので、大きい印象はない。


 桜がたくさん植えてあるところはあまりないからか、近場のお花見スポットはとくにない。だからと風情がない扱いをするのもなんだけど、一本でもいい感じの樹はあった。春のお神輿で屋台が出るあたりにあるので、また見に行くのもいいかもしれない。


「お湯沸かしてたけど、何だったの?」

「昆布茶。おいしいよ」

「こぶ……あ、コンブ茶って書いてあるやつ?」

「そうそう。なんか言い方変わるんだよね」


 昆布を煮出したらただのだし汁になるような気がしたけど、何か別の方法があるらしい。タイルの道を突っ切って四阿のベンチに座り、かなり大きめのおにぎりを取り出した。もうちょっとおやつ持ってきたらよかったかな、と思ったけど……温め直したぬくもりが残っているおにぎりは、そこそこボリュームがありそうだ。


「お姉ちゃん。ちょっと聞いていい?」

「なになに? ゲームのことっぽい顔してるねー?」


 見抜かれていたらしく、姉はふわっと微笑んだ。


「増える絵があったとしてさ」

「増える……? うん」

「どうしたら、増えなくなるかな?」

「まず、なんで増えるのよ……」


 前提があんまりにも現実離れしていたからか、姉はしきりに首をひねるばかりだった。言われてみればその通りなのだが、そういうものとして受け入れすぎていたのかもしれない。


「絵に増える意味ってあるの?」

「え、……どういうこと?」

「名画って一枚しかないでしょ。浮世絵は版画だしコピー前提だったみたいだけど、それでも現存してるのは少ないじゃない」

「たしかに」


 まったく同じ絵を大量に並べる、という芸術もあると聞いたことがあるけど……姉の言う通り、価値と数はまったく逆のものだ。


「どうしたら増えないかはさっぱりだけど、増える理由から探ったら? 絵が必要になる人なんてそんなにいないんだし……ほんと、どうしてなんだろうねー」


 昆布茶のあたたかくて穏やかな味とは裏腹に、頭は冴えていくようだった。


 もっと別の角度から探れば、別のクエストにも行き当たるのかもしれない。


「じゃあ、食べよっか! またこういう外ランチ、しようね」

「うん!」


 ただ閑散とした公園で、たった二人のランチだったけど……とても楽しい時間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る