60話

『キラメキナイト だいぼうけんパレード!』、通称『キラナイ』あるいは『だぼパ』。


 それが「世紀のクソゲー」とまで呼ばれたことには、いくつか理由がある。キャラゲーなのに全員オリキャラであること、シナリオ(とギリギリ呼べそうなもの)が三行しかないこと、バランスが狂っていること、UIもテキストも不親切であること、クソすぎる調整などなど……すべての要素があまりにも、すさまじいまでに悪辣だった。


「ワールドシミュレーター」が登場して以来最悪のゲームとして、VRゲームをやったことがある人や、ゲーム配信を見たことがある人なら誰でも知っている、ある意味でメジャーなタイトルだ。正統続編の『キラメキナイト バトルバース』は単なる格闘ゲームだった分マシなのだが、『だぼパ』のキャラを使ったことで軽く炎上した。


 第一に、『キラメキナイト』の原作は特撮ドラマで、ファンが求めていたのはいわゆる「VRコスプレ」だったことが挙げられる。VRゲームのキャラゲーは、原作キャラを自由に動かせる点がおもなセールスポイントだと思われてきた。それまでの大成功作と呼ばれるものたちがそれを守ってきたため、比較的マイナーである『キラメキナイト』もそうあるべき、そうでなければならないと思われていた。


 ふたを開けてみれば、操作可能キャラは全員オリジナルキャラクターで、原作シナリオについて言及しないどころか「異世界で活躍する戦士たち」という説明がされた。明らかにシミュレーターで作った世界にてきとうな名前を付けて売り出しただけ、というアセットフリップも真っ青の手抜きが発覚した当時は、原作を知らない俺にも情報が入ってくるほどの大炎上が巻き起こった。


 第二に、シナリオがまったくないこと……実際にやることは戦闘員や怪物を倒すばかりで、探索してもテキストのひとつも見つからないことがある。チュートリアルでとあるモニターに表示される「どうやら、異世界……」という言葉から始まる説明口調のテキスト、これが『だぼパ』のシナリオのすべてだ。当然意味不明というか、手抜きの言い訳にすぎない。原作シナリオもなければ関係の匂わせもなく、いかにもおもちゃらしいギミックを大真面目に操作するような要素もない。低評価を受けて当然だ。


 第三に、敵が異常なまでに強く、ドロップアイテムが基本的に十~二十程度なので、いちいち足止めを食らう場面が多いところもある。プレイ時間の半分はアイテム整理に費やされ、残りの半分はほんの五種類しかいない雑魚と無限に戦わされる。ここだけしっかり原作の戦闘員が出てきているが、これが喜ばれるわけもなかった。初期アイテム所持枠が三十に対してこれなので、武器の強化要素があろうが不評になるに決まっている。


 そして第四に……すべてにおいて不親切で、誤操作を誘発するような説明もあることが挙げられる。武器強化の移植で付与スキルのレベルが大幅に下がることや、初期武器以外は修理もできずロストの可能性が非常に高いことも説明されない。それなりにいい見た目の武器がばらばら落ちて「新しい武器を装備してみよう!」なんて言われたら、まさか負けたとたんにロストするなんて思わず、使ってみるものだろう。初期武器を捨てた時点で九割がた詰み確定であり、もうどうしようもない。


 第五に、もっとも不評だったのはクソ調整だ。シミュレーター産のゲームには世界観があり、生態系や独自の文化があることも多い。モンスターには弱点があるもので、弱点を攻撃することでスタンを取れる仕組みはどのゲームでも共通――のはずだった。ボディブローもそうだし、延髄や心臓は即死を狙えるほどの大ダメージを叩き出す。


 しかし、『だぼパ』の戦闘員は何をされてもひるむことなく立ち上がり、物理的に体勢を崩されない限り行動遅延を起こすことがない。まったくスタンを取れない巨大ボスに為す術もなく敗北したプレイヤーは多く、これだけでもクソゲーの誹りを受けるにはじゅうぶんだった。


 実際にプレイした身としては、クソ調整さえなければ虚無ゲーで通っていたと思う。ラスボスは特定のフラグを建てることで出現する三体の巨大モンスターから選ぶ、というシステムは、それなりに新鮮だった。シミュレーターを使った以上作り込みがすごいのは当然のことで、オンラインゲームの仕組みを一人用の買い切りに落とし込めていない、というのが結論だ。


「またそれ見てるね」

「友達とこれの続編やるから、思い出深いなーって」


 現在の『キラナイ』の評価は、「虚無な鬼畜ゲー」くらいで落ち着いている。攻略情報が揃ってしまったり、打ち切りになった原作ドラマを知らずにこちらを初見プレイする人が増えたりした影響で、キャラゲーとしての価値は極限まで薄まった。マップを探索したところで何もないので、クリアまでのタイムアタックにも向いている。


 配信者がやるにはちょうどいいし、続編の格ゲーをやってから「前作はどうだったのか」とやってみる人も多い。中古ショップでいまだに中途半端な値段がついているのは、そこそこの需要があるからだ。


「行き詰まってるみたいだし、ちょっと外でお昼食べない?」

「え? ん、いいけど……」

「ちょうどチキンライスのおにぎりあるし。早めのお花見みたいな?」

「あ、いい! 行こうよ、すぐ準備する」


 俺は外行きの服に着替えることにした。

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