55話

 目隠しとベール、それに花飾りと体のあちこちに巻きつけたリボンのおかげか、ピュリィと並んで歩いている俺が誰かは、誰にも分からないようだった。年若い痴女が並んで歩いているので、絵面はとんでもないことになっていると思う。


「ね? このふわふわ、分かるでしょう?」

「ちょっと分かる……」


 コスプレをする高揚感とか、べつの人間になったような……もしくは、自分がじゅうぶん魅力的なのだと思わされる言葉が届く、どこか背徳にも近い喜び。親しい人から言われるそれとは違う、遠いところからの言葉だからこその説得力があった。


「そういえば、紙使う人のほとんどはサモナーだって聞いたんですけど……そういうのは使わないんですか?」

「近いものは使えそうな気配あるんだけど、部品が揃わなくてさ。最適解があってそこからの劣化版、って言われると、どうしても」


 召喚獣に戦わせられるタイプのライヴギアは、現状だと骨・液体・紙の三種類がある。本体よりも強いモンスターが直接戦うのが骨、特殊な性質で本体をサポートするのが液体、使い捨ての駒にするのが紙だ。身代わりにもできる砲台みたいなもの、というと「召喚獣」なんて言い方は似合わない。


 そして、課金して手に入る部品を組み合わせることで完成する〈十精の型〉は、凄みさえ感じるほど割り切っている。本体が放つのとほぼ同じ威力の魔法を、十体ほど召喚した式神から偏差射撃できる――式神自体はさほど強くなかったり、本体が覚えていない魔法は撃てなかったりするが、どう考えても過剰戦力だ。


「直接戦った方が強いのは、あるかもしれませんね」

「そうなんだよ……そっちの方が大きいと思うけど」


 少しだけうつむき、アトリエに向かうミルクティー色の足を見た。実際その通りだ、とすとんと落ちるものはある。魔法の偏差射撃が弱いとは言わないのだが、そのあいだ本体が何をするかと言われれば、狙いをつけたり移動させたりといった行動が主体になる。それは、サモナーというより魔法使いだ。


 そして何より、コストダウンが難しい点は避けられない。刀を誰より上手く扱って低燃費で戦うという「実績」は、何より楽しい効率化だった。


「そういえば、サナリが「危ない絵が入った」って言ってました。たぶん絵語のことだと思うんですけど」

「危ない絵かぁ。使えたら何でもいいよ、聞いてみよう」


 話しながら、「アトリエ・ちゃんぽら」に到着した。いつも通りの変な臭気と材料置き場の様子は、見本市としてもなかなか面白い。マニアが来たら、しばらくこもってしまいそうだ。


「ときにザクロさん、リアルの呪いってどのくらい知ってますか?」

「んー……? ぜんぜん、調べたこともないし」

「そうでしたか。そういうものみたいなので、事前知識として」

「ありがと、聞くよ」


 危ない絵とは、と思っていたら呪いの絵らしい――と思っていたら、大真面目な解説が始まった。


「現実にある呪いのアイテムって、いろんな理由でそうなってるんですけど……そう言われやすいのは、「持ち主が死ぬ原因になったんじゃないか」って思われたときです」

「ずいぶん、あいまいな言い方じゃない?」

「火災の原因が寝たばこでも、ふつうは「呪いの寝たばこ」になりませんから。殺人事件に使われた凶器でも、警察がしまい込んで二度と出てきません」

「……そこから続いて、ってこと?」


 違います、とピュリィはかぶりを振った。


「人が死んだ現場で何度も同じものが目撃されて、なおかつ本当に同じものだと決まったとき……それが疑いから確信に変わると、呪いが成立しちゃうんです」

「そんなことってあるかな?」

「いくつもの火災現場で唯一焼け残っていた絵、というものが実在するそうです。有名な宝石のほとんども、奪い合いの歴史の中で幾度となく血を浴びてきたとか」

「ほんとにあるんだ……。それで、絵の話は?」


 まだ見てません、と少女は笑った。


「あくまで可能性の話ですよ。危険って言ったら、そのくらいかなって」

「そう……そうか、そうかも」


 ライヴギアの部品はすべて、「現地で調達できる物品」だ。そして、ある程度までは自在に変形する。最初に手に入れた「仕損粗紙」も、「何かしら失敗した粗悪品」という名前の通り、安定して同じ形に整えてあるわけではない。くしゃくしゃだったり、同じ並べ方ができなかったりもする。


 そのうえで「危ないもの」なんて、いったい何なのかほとんど想像できない。形や材質はどうとでもなるし、俺が使う紙の場合でなくても、重量もほとんど関係ない。となれば、まともに扱えない理由は「いわくつき」くらいしかないだろう。


 サナリのラボである突き当たりの部屋に行くと、ツナギの童女は「よく来たなっ」と笑顔で出迎えてくれた。


「共鳴でも目指しているのか? まあいい、君は紙を使うんだったな」

「ええ。ピュリィが「危ない絵」って言ってたんですが……」

「そうとも。ライヴギアに付与する性質としては「伝播」のようなものだ、と解析はできたっ。そうとう強力になると思われるのだが、ひとつ問題があってな。絵そのものに霊魂が宿っているようなのだ!」

「絵に霊魂って……どういうものなんです」


 これだっ、と示された絵は掛け軸で、どうやら日本画の形式で描かれたものだった。ひょろひょろとゴツゴツを両立した奇妙な柳の木と、その下に立つ不可思議な表情の女性……白装束と足のない様子を見れば、それが何かは明白だった。


「幽霊画、ですね……」

「言うほどでもないが、いわくつきと言えばそうなのだ。見ての通り、さして良質でもない絵なのだがっ」

「辛辣……」

「これは、複製品のうちのひとつ。この惑星の開拓以前から複製品が作られ続け、すべての博物館に所蔵されている、などと噂されているのだっ」


 言っていることがよく分からなかった。


「つまり、どういうことですか?」

「自分のコピーを作り、環境に適応したバックアップを取ろうとするっ。いうなれば、これは絵という形を取った生物なのだ!」


 幽霊画「由縁無影ゆえなきかげ」は、増殖する――人類の生存圏すべてに、一定の密度をもって存在する。使うとか使わないとか、そういう話ではなかった。


「ゆえにっ。君はこの生物に対して、“存在”以外の道を示さなければならないのだ。世が世なら調伏とでも言おうか、自らの用途に沿うよう調教せねばならないっ!」

「いや、そんなばかな……」



[クエスト「ミーム収束#12458155」が発令されました]

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