54話
姉の提案は、とてもシンプルだった。
――ゲームの中でうまくやれてるなら、それを現実に持って来ればいいんじゃない?
なるほどと思った俺は、さっそくピュリィに連絡して、新しい服を選ぶことにした。それらしいものを選ぶなら、誰よりも頼れる相手だ。いろいろなことに詳しいから、どう頼ってもうまく行く……と思ったのだが。
「ピュリィ、あのこれ……なに」
「明日実装の「
着せ替え要素があったとしても、MMOの着せ替えは場面ごとに強制されるほど厳しくない。性能の中身はあとからいじれることも多くて、どこでも好きな服で戦えるようにと、ガチ衣装と見た目衣装を切り替えるのも常識らしい。その点で言えば、固有性能があるでもないドロップ品は、ガチ装備にはなり得ない。
「いや、そうじゃなくて。これって具体的にはなんていう服?」
「〈ネレイデスの戯れ〉ですよ。装飾を足したレオタード、ってところです」
「うん……ハードル高くない?」
「コルセットが追加してありますから、巨乳さんにも似合いますよ?」
バレエやなんかで使うらしい練習用の服で、似合う体形はごく限られている……というか、全体的にかなり細い人が着るための衣装である。全体的にむちっとした体形だとダメかと思ったのだが、ゲームだからではなく、わりとリアル寄りにコルセットが追加されていた。バストの下の布余りをきゅっと押さえられるようにできていて、バストを目立たせる役割と装飾性を両立させている。
「元ネタは五十人くらいいるので、それが理由だと思います」
「五十!?」
「海の神さまの娘さんで、姉妹がたくさんなんです。全員が同じデザインの服を着ようと思ったら、こうでもしないと」
「なる、ほど……?」
神だと双子三つ子を超えて
「しっとり黒で腰ローブと尻尾付き、セクシーでしょう?」
「こういうのが好みなんだね……」
尻尾といっても魚っぽかったり、鼠径部丸出しで横にフリルスカートが付いているぶんさらに際立っていたり、これが許されるのかと思うほどセクシーだった。
「ん、変なこと聞くんだけどさ……ピュリィって、どうしていつもこんな服なの?」
「リアルだと、ほとんど毎日同じ服だったからでしょうか」
「毎日同じって?」
「体の機能がおかしくて、病院暮らしだったんです。肌ざわりはいいですし、快適でしたけど……入院着って、かわいくないんですよ」
つらさのベクトルが、俺が思っていたものとまったく違った。
「そっちなんだ……?」
「友達も親戚も、外の世界にいる人はみんなきらきらに見えたんです! デニムのホットパンツも、ドレープのついたブラウスも、本当にたまに体調のいいとき着られるかどうかってくらい珍しくて」
同じ部屋、同じ毎日、同じ服。そのうち付き人とともにVRゲームに没頭する日々を送り始めても、体が丈夫になるまでは不自由を強いられることになった。せめて仮想世界では、と元気な体を楽しんだ彼女は、さらにハジケていった。
「最近は肉がついてきたんですけど、人に見せられるような体じゃないんです。手術の痕もあって、驚かせちゃうと思います。だから、うらやましいんですよ?」
「性潜性児でも?」
するりと絡みついた体は、背後からぴたりと密着しながら微笑する。
「なおさらですよ。すぐに苦痛が終わって、花開くみたいにきれいになるんですから。私とは真逆です」
「……そっか」
これはわがままなんです、と少女は言った。
「良家の子女がしていい恰好じゃありませんし、ツユカも内心引いてると思いますけど。お見舞いに来てくれるみんなが、私を置き去りにしてふっくらかわいくなって……私にないもの、みんな持ってるから。ちょっとでも同じになりたかったんです」
「同じかなあ、これ……」
「私の人生はきっと、ずっと一本まっすぐの線なんです。ちょっとくらい、……上を向きたいじゃないですか?」
「それは、そうだね」
体温も息の温度も、仮想世界だと大して上下しない。かなりの薄着で密着している状態でも、鼓動が早くなることはなかった。
「新しい衣装なら、新しいライヴギアも欲しいなぁ」
「もう、そういうところ変わらないんですから……でも、そうですね。イベント関連の情報ももらえるかもしれませんし、サナリのところに行きましょうか」
「うん。ところで」
「どうしたんですか?」
当然のようにこのフィルムで街を歩く流れになっていて、俺は逃れられないことを知った。
「お揃いかな?」
「私のはリリスですね」
たぶん、知らなくてもいい情報だった。
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