51話

 悪いこと以外はふつうに活動していたプレイヤーが多かったのか、「所持金と所持アイテムすべてを賭ける」戦いで俺が巻き上げたものは、びっくりするくらい多かった。防具を作ってしまえるほど溜まったとはいえ、使うにはためらいがあったのだが――


「ほんとにごめんね。敵をぶっ飛ばすためとはいえ、巻き込んじゃって」

「私が手に入れたもの、使っちゃっていいんですか?」

「いいの、いいの。あいつらもう帰ってこられないし」

「聞く限りだと、ほぼ全員被害者みたいですけど……」


 液体のライヴギアでドボンという男に化けていた女性「ファラ」さんは、そう言って悲しげに微笑んでいた。


 機械のライヴギアは強い、という情報は本当だった。もともとの性能が高水準でまとまっているので、ある程度ゴリ押しが利く。表面に張るフィルムと工具箱だけ、という異常なくらい割り切った姿勢で志願者ソルドを投下する……初期配布の武器も防具もない状態なら、素の戦闘能力が高い方が強いに決まっている。


「手口教えられて実行できる時点で、じゅうぶん素質アリよ。自分は悪くない、返り討ちに遭うはずないなんて甘っちょろいヤツなんてね……」

「最初から対人には向いてないですね」


 プレイヤーキルは悪いこと――ではない・・・・。しかし、場違いや流れを断つ行動をとるのはよくないことだし、不毛な奪い合いを強制したら迷惑がられるに決まっている。たとえゲーム内のPKが「形式の決まった試合」であっても、ラケットも持っていない人にボールをぶつけてから「テニスしようぜ!!」なんて言ったら、正気の沙汰ではない。ラケットを持った相手とコートで向かい合うことが、テニスを始める合図であるように、ルールはある。


「全身分できちゃうんですよね」

「やっちゃえばいいじゃない」

「じゃあ……」

「早く。ね?」


 防具の素材である「守りのかけら(小)」にカザス石と明結晶を大量に注ぎ込み、兜に鎧、籠手にベルトに脛当てという五部位がすべて完成した。紙が苦手な赤属性への耐性も、かけらの中に「赤の輝石」を入れて補填する。


 きらきらと輝く光の粒が、カード状に結晶化した。これで「幽璃シリーズ」の防具は完成だ。アイテムの入手経路はともかく、大幅な戦力アップである。


「〈玻璃薄曇がらすのくもり〉か、回避に命中ダウン付き……」

「だいぶ凶悪ね。わざわざ作らせるわけだわ」


 マーケットの入ってすぐのところにいたせいか、周りが「おお、作ってる」などとこっちを見ていた。そんな中で、人混みを突っ切ってやってきた顔があった。




 見間違えることのない、藍色の忍び装束の青年――ザイルだった。


「ザクロ、さん! ちょっとその……話、いいか?」

「……いいですよ」


 表情を見る限り、リベンジをしに来たわけではないようだった。ゾードに連れられて行ったときと同じように、なんだか変なギャラリーがいるが、つとめて無視する。


「なんの話でしょう」

「……ごめん、ここじゃ言いにくくて」


 路地裏から跳び上がって、マーケットの近くにある廃ビルの屋上へ来た。フェンスが錆びているので、端っこに近寄る気にはなれない。


「それで――」

「ごめん!! 悪かった……! 弟が、急に妹になって……」

「……やっぱり」

「やっぱりって、なんで」


 ざいろぷのザイルさんでしょ、というと「視聴者ネキか」と気まずそうな顔をした。


「身内の体調不良で活動休止、っておかしいじゃないですか」

「なにが……?」

「中高生が親の世話、なんてなさそうですし。発表したのはザイルさんで、ロープさんの方は何日も完全に沈黙。年齢から考えたら、ちょうどしっくりくる時期です」

「名探偵かよ!?」

「状況証拠でもじゅうぶんですよね」


 それ以外に何があったのかは知らない。それでも、一時の暴走ですべてを捨てようとしてしまうほど、すさまじいストレスがあったのだろう。


「……どうしていいか、わかんなかったんだ。両親は遺伝子検査で知ってたくせに、告知義務破ってて……妹も妹で、調べたから知ってたって、さ。言われたのは昨日だけど、まだモヤモヤが残ってたんだ」


 仮想世界の空には、動いているかどうかも分からない宇宙ステーションと、近くにある衛星らしきものが浮かんでいた。


「でも、妹が新しい制服着て、すごく笑ってた! こっちが釣られて笑うくらい、すごくいい笑顔でさ……だから、「祝わなきゃ」って思ったんだ!」

「私も嬉しかったですよ。新しいこといっぱいで」


 戸惑っていないと言えばウソになる。でも、それ以上に……吹き込んできた風にふと微笑むように、楽しいこともたくさんある。この戸惑いが、いつか「いい思い出」になる日が来る。図書室にいくつも置かれた手記のように、微笑みながら昔を懐かしむ人になれることだろう。


「だから、もうひとつ――おめでとう。ゲーム越し、画面越しにしかできないけど、俺はみんなに楽しんでもらえるように、いろんな動画をお届けするよ」

「楽しみにしてますね。何かあったら、協力もします」

「ありがとう、持つべきは視聴者ネキだな! 火力が必要なときは呼んでくれ」

「ええ。お互いに、がんばりましょう」


 思えば、フレンドになった人は問題児ばかりだったけど……元闇バイト協力者のこの人が、いちばんまともな気がする。


 またひとつ、楽しみの可能性が増えた――そんなことを考えながら。


「では、ごきげんよう」


 俺は小さく笑って、ダンジョンに行くために、次の屋根に飛び移った。

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