2章 みゆきひらひらふるるよる
52話
残りご飯をじゃっじゃっと炒めている母さんを眺めながら、いつも通りになりつつあるお風呂上がりのむにむにをされていた。
「おねえ、ちゃん……」
「なに? あれ、いまお姉ちゃんって言った?」
「うん」
「なになに、どういう心境の変化? 我が妹よー!」
下乳をぽいんぽいんしてにこにこ笑顔の姉は、よりいっそう楽しそうに俺の体をもみもみしている。
「学校行くときとか、それっぽくしてみたいし。ゲームだとできるから、今のうちに慣れとかないとなーって」
「そっかそっか。学校だとどうしろとか、ガイドラインには書いてなかったもんねー」
「そうなんだよね……胸あるから、間違われはしないけど」
「申告したらなんか申し訳ないー、って思ってる?」
見透かすようなささやきが、ぽすっと肩に置いたあごから聞こえてきた。
「ん、ちょっとあるかも……」
「男女のトラブルがもっとごちゃごちゃになる、くらいじゃない? あたしのカラダには興奮したりしないみたいだし、男子扱いしなくちゃいけないレベルでもなさそう」
生まれついての顕性女性と、もとは性潜性児だった顕性女性の見分けはつかない。ジンクスとして「あとから女になった方がスタイルも顔もいい」なんて言われがちだけど、ちゃんとした資料はないそうだ。だから、精神的な揺らぎがあっても、隠してしまえば「そういう人」で通ってしまいがちらしい。
自分を男性だと思ってそのように育てられてきた人が、男性として女性にドキドキするかというと、まったくそんなことはないそうだ。匂いに惹かれたりといった遺伝子からくるところはさっぱりで、元からレズビアンの素質でもない限り、そこまで深い仲にもならないというデータも出ている。
「男子の友達の方ができやすいかもしれないけど、今のご時世、ゲームやってない女子の方が珍しいからねー。いろいろ知ってるし、大丈夫でしょ」
「かなぁ。キラナイもやったし、『ナギノクイント』も今まさにやってるし」
世紀のクソゲーもクリアしたし、最新のゲームもやっていて、話題には事欠かない。友達作りにはちょうどよさそうだった。
「あ、でもSNSで流れてきたよ? お花見イベントやるって」
「うん、お知らせに出てた。がんばらないと」
「こういうとこ変わんないなー。せっかくお姉ちゃんって呼んでくれたのに」
「う……これは別だから、たぶん!」
話がひと段落ついたところで、母さんが「ご飯できたわよー」と笑った。
「今日はオムライスよ。ご飯だいぶ余っちゃったし……お父さんの分よりもっと余っちゃってるから、おにぎりにでもしようかしら」
「チキンライスのおにぎり! いいよね、ぜったい美味しい」
何日か連続で、父さんが「今日は帰れるかも」と連絡してしまったせいか、ご飯がちょっとずつ余って冷凍ご飯がかなり増えていた。仕事が忙しいときは会社に泊まりがけのときもあるし、帰ってきても軽くしかご飯を食べられないこともちょくちょくある。
そういう「ご飯がたくさん余っているとき」が連続すると、チャーハンやオムライスでどどんと食べることになる。お皿に乗っている量は、たぶんお茶碗の二倍以上だろうか。ちゃんと考えると、すごい量を食べているなと思う。
「父さん、なんでこんなに忙しいのかな?」
「新しい人を入れてて、打ち合わせが多いみたいね。いろいろあるのよ」
「そっか……」
「チキンライスさえ残ってたら、そのときに作れるわ。多めに作っちゃったし、帰ってきたらお弁当にも入れるつもりよ」
とろっとふわっとした卵と、ケチャップの甘みと旨みが優しい。鶏肉とマッシュルームの食感も楽しい、何度食べても飽きない母さんの味だった。
「おにぎりは先に作っておくから、明日にでも食べましょう」
ちょっとだけ寂しそうな母さんは、追加ですぐ温め直せる料理を作りに行った。
「「ごちそうさまでした!」」
「はーい、おそまつさま」
食器を食洗器に入れて、俺たちは部屋に戻った。
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