49話

 注文を間違えていたようで、制服は受け取りに行くことになった。何日もいろいろ抱えたまま家にいたからか、わずかな外出もとても楽しみだった。車窓から見える景色も、やわらかな緑が増えて春めいてきている。


「最後に一回試着して、箱に入れてもらうんだよね。ちょっと前だしうろ覚えだけど」

「そうね、そうだった気がするわ」


 中学のときの制服も、いまは箱に入っている。受け取ったときに入れてもらった箱そのままで、たぶん高校の制服も同じだろう。つい最近行ったお店が見えてきて、少しだけ緊張した。


「それにしても、灯盛ともり高校の制服かぁ。けっこうかわいいよね」

「反応に困るよ……そうなんだろうけど」


 県内でもかなり偏差値の高い雪峰しろみね高校に通っている姉は、紺色のブレザーに同じ色のスカート、パウダーブルーのシャツという、おとなしめの制服を着ている。一方でこちらはというと、袖口に緑のラインが入ったり、青いチェックに赤の差し色が入ったスカートだったりと、遊びが多めだ。


 学校自体は、そこそこの偏差値で自由を重んじる校風、くらいのてきとうな立ち位置で、私学ではないけどそれなりに受かりやすいところだった。受験戦争なんてやる気もなくて、自分の成績とゲームをやれる時間を確保できれば、と思った結果だ。男子の制服も似たようなカラーリングで、そっちについてはそんなに考えていなかった……というか、制服がどうこうなんて思考の外だった。


 お店に入ってすぐ、ご婦人が出迎えてくれた。


「いらっしゃい! できてるから、最後合わせましょうか。ちょっと試着してみて」

「スカートだけ、よく分からないので……」

「だいじょうぶよ、手伝うわ」

「ありがとうございます」


 肌着だけになって、まだ固いカッターシャツにそでを通す。体からすると大きく思えたけど、もう少し成長する見込みなので、これくらいが適切なのだろう。チャックを締めたりホックを留めたり、ズボンとそんなに変わらないような行程を終えて、スカートもきちんと穿く。腰より下に肌に触れているものがほとんどなくて、よく聞く「スースーする」感覚というよりも、ほぼ露出しているような感じだった。


「足、出すぎじゃないですか……?」

「タイツとか、もっと自信があったらニーハイとかでもいいわね。形もいいし、生足がいやならいろいろ試すといいわ」


 今さらどうしてだろうと思ったが、家では座ったり寝転んだり、足やお尻に何かしら感覚があったからかもしれない。そんなことを思いながら上着も着て、自分ができあがった。


「これ、私……」

「来たときからずっとかわいいけど、やっぱり、意識すると違うのねえ」


 試着室の姿見に、色白でふっくらした、砂色の髪の少女――紫を帯びた紺色のブレザーに、青く見えてくるほどに白いカッターシャツ、胸元のえんじ色のリボン。チェックのプリーツスカートから、真っ白くてむっちりした脚が伸びている。


 自分の下着姿を鏡で見たときよりも、はるかに強い衝撃があった。ほんの数分でそうではなくなる姿ではなくて、この姿がふつうのものになる、ずっとこれで過ごすのだという……きっと、ほかの何かで言い表すことができないくらいに完全な、「書き換わった」感覚。


 天海カリナが――“私”が、そこにいた。


「さ、見せてあげましょう。ね?」

「はい」


 カーテンをさっと開けて、待っているみんなへ振り向いた。


「ふぉおおわああ……や、やばい。かわいいよ、超かわいい!」

「いいわね、とっても」

「ありがと……」

「ダメだっ、泣けてきて……!!」


 みんな、口々に祝ってくれている。


「うん、サイズはいい感じね。足がちょっと不安みたいだし、厚めのタイツでも用意するといいんじゃないかしら」

「えー? それじゃかわいくないよね」

「まあまあ、カリナが決めればいいじゃない」

「えっと、うん……?」


 スパッツは先に買ってもらっていたが、あれは一体どこでどう使うのが適切なのだろうか。首をかしげながらもお会計を済ませて、車に乗った。


「あれ、ねえカリナ、あれって私たちとおんなじじゃない?」

「あ、ほんとだ。そうっぽい……」


 妹に手を引かれる兄が、しぶしぶのような笑っているような顔をして、お店に引っ張り込まれていくのが見えた。


「春だもんね。気分アゲていかないとね!」

「そうだよね……うん」


 こっちまで笑顔になっちゃうな、とちょっと眉を寄せた俺は……きっと、彼と同じような顔をしていたのだろう。駐車場を出てすぐに見えなくなった二人のことは、もうだいじょうぶだと思えた。

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