48話
崩れたビルの一角、方法が分かれば上がってくることができるギリギリの高さに、二人が座っていた。
「お前の情報は間違っていたよォ、ドボン。どう責任を取るつもりかねェ」
「どう、とは。今のあなたに戦闘能力はなかったように思うが?」
ライヴギアは、展開しなければ手元に登場しない。股間に牙を生やした男も、ログインして数秒はブーメランパンツの変態にすぎないのだ。何も持っていない相手が何を出すかは判別不能であるはずだが、ドボンは貼り付けたような笑顔を保っていた。
「ゾードさんに依頼したのは、あれがたいへん高い破壊力を持つから……。ご自慢の竜を出し惜しみせずに挑み? デュエルの条件としてお金とアイテムを賭けた? んん……肝心のところで実力を過信した節がある」
決められた施設以外で行う私闘は、何かしらを賭けるシステムになっている。五人から十人単位の連結パーティーと不利な条件で決闘を開始させ、すべて奪い尽くすのが彼らの手口だった。敗北を計算に入れていない以上、たった一人が五人以上から金品を没収する、などという事態は想定していない。
三十を超えるヴァイスの手下たちは、全員が「すべての所持金・所持アイテム」を賭けた私闘に負けた。それにはライヴギアの部品のスペアも含まれており、ライヴギア自体を完全破壊された以上は買い直す必要がある。しかし――
「事前に情報を流布して機械のプレイヤーを増やした、お手軽に強くなったプレイヤーが増えた。なるほど工作は成功ですな。ところがところが……? 部品が高騰した、市場の在庫も枯渇した。ではでは、高額なエンジンが壊れたプレイヤーは、これからいったいどうやってプレイを再開すればいいのか! 何もできないねぇ」
機械カテゴリのライヴギアは強い、という情報は事実である。ゆえに、プレイヤー人口はもっとも多い。活発に取引される部品は高額であり、とくに価格が暴騰しているエンジンも、破壊されれば買い直すほかにない。もしもザクロとゾードをこれから倒すことができたとしても、得られるのは三十人分のエンジンを揃えるにはケタひとつ足りない額であろう。
ライヴギアの補正がない状態かつ、装備もほとんど入手していない最弱以下の状態で、彼らはプレイを再開することになる。言ってしまえば「詰みセーブ」であり、苦行めいた長時間の稼ぎを行わなければ、初期状態に戻ることすら叶わない。
「騙したかァ。この俺を」
「闇バイトなんて言えば怖いが、姑息な小銭稼ぎの連発。あちこち荒らしまわって恨みも買ってるなら、いずれこうなるでしょうにねぃ」
「さて、お前の顔も声も覚えちゃあいないけどもォ……?」
「あっはっは、そうでしょうそうでしょう!」
ドボンは、叩きつけるように大笑いした。
「焼き討ちもした、爆破もした、内輪もめも起こさせた。何十何百まとめて殺して、ひとりひとり覚えている気狂いなら、それもそれでよし……。だけれど違う。相手のことなんて何ひとつ覚えちゃあいない、だから復讐者を身内にしてしまうんですねぇ」
ドボンが遊んでいたゲームは、いまだにサービスが続いている。いくつかのギルドが潰れたからといって、人が消え失せるほどの大事件にはならなかったからである。しかしながら、ドボンは築き上げたすべてを奪われた。RMTに加担したプレイヤーは多くのものを得たはずだが、それを大っぴらにはしない。
最初にテイムしたモンスターが復活不能になり、仲間には裏切られ、誤報で三日間のBANを受けた。健康状態の不調からVR空間へのログインを弾かれるほどの状態に陥って、ドボンは復讐を決意した。大義名分は、いくらでもあった。協力を申し出るものさえ現れるほど、悪名は轟いていた。
「俺が誰とつながってるか、分かってなかったかァ……」
「失礼だが、別になんでも結構。金の切れ目が縁の切れ目というやつで、金払いが悪ければ子分でも裏切るでしょう」
ふいに、人形めいた微笑をたたえていたヴァイスの顔が驚愕に満ちる。
「む、まさかッ」
「それにね? こんな微妙な夕方なんて集合時間にしたのは……ちょうど油断するタイミングだと思ったから、ね」
すぐにログアウトしたヴァイスは、接続が不正に切れたのか、不自然な姿勢で固まってから数秒で消えた。おおかた、配慮の足りない警官にVRデバイスをはぎ取られたのだろう。そんな配慮など必要ないと知っていたドボンは、ふう、と胸をなでおろす。
「強制ログアウトか。なかなかキツいだろうな」
「NOVAへのアクセス禁止の方がつらいだろう。インターネットも融合しつつあるから、今後は一生アナログ人間だ」
「口調戻していいんじゃねえか? そのガワも、もういいだろ」
「口調ぶれっぶれとか言われてたけど、わたしってそんなダメだった?」
ぱしゃりと溶けたサングラスの男は、銀色の液体になってアンプルに収まった。教師めいたスーツの女が、幕を取り払ったように現れる。
「語尾も安定してねえし、なんかキャラ付けしとけって言ってただろうが。ふつうに不審者ってだけで、とくになんにも思わなかったぞ」
「口調と見た目がそのまんまな人はいいわよね、苦労しなくて」
「無茶な演技してる方が悪いと思うぜ。そんなもんに課金までして、ここからどうするんだ……ファラ」
「こっちを新天地にするだけよ。テイムのシステム、ここにはないの?」
あるよ、とゾードは肩をすくめた。
「液体なら、実質同じようなもんだが……。「
「ええ、そうするわ」
たくさんの変化が起こる季節に、またひとつ、花が散るように終わりが過ぎ去っていった。そしてまた始まる……冬が終われば春になる。そんな言葉を思い出した女は、陽の傾きかけた世界を見やった。
「不審者とか悪魔とか……出番はもう終わりね」
「SFにそんなもんの出る幕ァねえだろ……決意表明と受け取っとくぜ」
季節の変わり目に、嵐がひとつ過ぎ去った。
これから咲く花を思って、女は笑った。
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