47話

 分析を始める。


(何をしてくるかはともかく、あいつのステータスはずっとバカ高いまんま維持してる。下げる小細工なんぞやるだけ無駄か)


 ザクロの装備がどれほど整っているのかは不明だが、少なくとも「装備セットを入れ替えることで全ステータスが上がる」というブレイブ、これだけは確実に装備していることだろう。見た目が変わるのは単なる演出ではなく、一種のルーティンである可能性が高い。


(服だおしゃれだっつうキャラじゃなかったが、ピュリィあたりか? 妙なこと仕込みやがって……ともあれ、つねに最強の状態を保つってのは、楽しいもんだ)


 条件の限られる“最強”は、それを発揮できない状況においてはさしたる脅威ではない。コンピューターがない場所でUSBポートの性能を説くようなもので、前提が複雑すぎるものは強者たり得ないのだ。


「さてと。攻略法は分かってきたな」

「さすがですね」

「何人ぶった切ったと思ってんだ。頭ァ回らなきゃ無理だぜ」

「見せてください。私も、まだまだ強くなりたいですから」


 言いながら、少女は紫のビームを掃射している。あちこちへ引き寄せられるたび気持ちの悪い揺さぶりが加わるが、大きな問題はなかった。


(何本張り巡らそうが、裂けるちぎれるってほどじゃねえか。魔法属性って前提があると、物理的にぶっ壊すのは難しいのか?)


 頭数が多ければ多いほど不利になるのであれば、最強の戦士がひとり立ち向かう、という構図が最適だったのだろう。それが最初から不可能であり、そしてこれからも永遠にあり得ないことは、ゾードがもっともよく分かっていた。


 一定期間のBANが明けたところで、彼らにはもう何もできない。そして、彼らには正義などなかった。何人まとめて切ろうが、芯のない敵に切りごたえはない……思想に感触があるわけではないが、意義から生じる達成感もある。その意味で言えば、ヴァイスという男以外はさして切りがいのない相手だった。


「符術のビーム、こいつは並行移動すりゃいいだけだな。中心点のある直線ってのはありがてぇ……何本か撃てば、引き寄せの射程に応じて止まっちまう場所ができるからなあ」

「なるほど。すぐには……!」


 改善点があっても、少女にはそれをどうにかする手段がない。


 引き寄せ効果の射程距離は、ビームの通過座標を基準とした丸太状範囲、直径はおよそ三メートルである。きわめて巨大で、紫属性耐性が極小まで下げられた状態では逃れようもないが、欠点はいくつか存在する。


通過座標・・・・への引き寄せ、か。ビームそのものに当たらねぇんじゃあ、いくら耐性を下げようがHPは削れねえな。弾幕の張り方も……AIがポンコツなのか? 移動を制限するって方に重点を置きすぎてんのか、威力は低いってのが重くインプットされすぎてんのか)


 ある一点から放射状に伸びる直線と、その直線に沿って進むことができるゾードという構図――解決法は明らかである。気付いたらしいザクロは急いで貝を移動させるが、時すでに遅し、ゾードは急加速をかけていた。


「言ったよな、強化をほかに回せるって!」

「まさか、腕を足になんて……!?」


 赤熱したチェーンソーから、脚部のブースターへとエネルギーを伝達させる。切れ味を上げる〈シャープニング〉による強化を、移動速度を上げる〈ブーストジャンプ〉に移行させた形である。瞬間ごとに加速度を上げていくゾードは、すでに別座標への誘導をさえ振り切るほどの速度を出していた。


 ガヅンッッ、という異様に重い音が響き、灼熱の輝きを帯びるチェーンソーが深く切り込んでいく。


「秘奥……見られちゃならねえ制約で威力を上げてたってことか」

「やられましたね。私が切っても切れないくらいにはしてたのに」

「ハハハ……!! 密度のあるモンを切るために、こういう道具があるんだぜ」


 グゥン、と刃が振り抜ける音がした。紙束は分厚く、密度もあるため、尋常な刃物ではとても切り裂けるものではない……しかし、チェーンソーは別だ。接着剤で固められようが、紙そのものの強度が高かろうが、刃そのものが動くことで、掘り進むように切ることができる。


「なかなかいいが……俺には効かねぇ。両手に持ってくれても構わんぜ」

「まだまだ、ほとんど何も持ってませんよ」


 切り結んでいるものが紙だとは思えないほどの、すさまじく重い音が虚空を割る。赤い弦がいくつも湧き出ては斬撃を阻むが、わずかに威力を落とす程度にとどまった。幾度か斬撃を受けたものの、防御性能を貫くほどの威力ではない。


 翡翠の刀と深紅の電動鋸が、火花を散らすほどに激しくぶつかり合う。破壊した刀を敵の懐で再生し、少女は四連撃を放つ――


「っ……!」

胴体そこがいちばん固ぇんだぜ、おい……」


 わずかな関節を狙った攻撃を、体捌きで殺す。もっとも固い装甲を四度も打ち据えた紙の刀は、あえなく折れて砕けた。


 そしてまばゆく輝いた赤紫のエッジは、一度の加速で少女の胸郭をぶち抜いた。


「〈ネイルフィスト〉だ。初期技、強ぇよなあ」

「後付けに頼りすぎましたね……」


 ゾードは、少女の体を持ち上げたまま笑った。


「俺もチェーンソーばっかし使いすぎて、お前に負けたからな。こいつを見直すいい機会になったよ……ありがとな」

「こちらこそ……。話を聞いていただいて、楽になりました」


 出血が続いたためか、少女は死亡し、出力ポイントへ転送されていった。


「ふう……。心のことも考えなきゃあ、楽しくやれねえからなあ」


 手札の使い方や攻撃のくせ、装備の選び方は、プレイヤーの心や性格に依存している。それを暴くこともまた、PKの楽しみのひとつだ。


「さて……? 二人も引っ張り出しやがったあの野郎は、うまくやってんだろうな」


 ゾードは、胡散臭いサングラスの男のことを思いやった。


「いちおう、物陰から見るくらいはしとくか」

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