46話

 おもちゃの刀と同じような、わずかな固さと振り回されない程度の重さがあった。強度はきっと木刀くらいで、切れ味は包丁と同じかもっと鈍いくらい、そこまで大したことはないと思う。


「いちおう、どの初期型でも戦えるとは思うんだがな。ただまあ、どうしてもやりにくいってのはある……機械は優遇されてると思うが」

「使い方さえ覚えれば、何より低コストですよ」

「自分がイカレ側だって気付けよ……。ふつうはセンチ単位の弱点なんざ狙わねえんだ」

「そうみたいですけど」


 言われてみればその通りだが、人間のスケールからすると、関節に切り込む隙間なんて二センチもないような気がする。


「そういや、初期型で通してるやつはほとんどいないんだったな。見せてやるよ」


 あらゆるライヴギアは工具箱の形から始まり、初期配布の部品からひとつの形を描き出すようにできている。大きさや質量保存の法則も完全に無視して、それは青年の全身を覆っていった。


 肉体美を強調するようなインナースーツが展開され、パーツの基礎が手足や胴体に出現する。鎧のようなそれに、さらに上書きするように巨大な外装がいくつも取り付けられていった。ブースターのついた脚部、ナックルかエッジか迷うほど巨大で大ざっぱな腕部、丸っこい胴体に角の生えたバイザー。


 黒光りするそれは、どう見てもレトロなアニメに登場するロボットだった。違うところがあるとすれば、内側に人間がいるのも分かりやすく、無理のない造りになっていることくらいだろうか。


「が、まあ……これじゃそこまで強くないんでな。コアレベルが三十もあるんだ、存分に使わせてもらうぜ」

「同時展開、ですか」

「ああ。ひとつあたりに割く力は弱くなるが、どのみち強度は上なんでな」

「ふふっ……」


 右腕の装甲がじゃきんと変形し、せり出したチェーンソーが伸びていく。地面につきそうなほど長く伸びたそれをドルンと鳴らして、ゾードは構えた。


「それでやるってわけじゃねえだろ? 出せよ、三十人片付けたやつを」

「あなたはそれでいいんですか?」


 どう聞いても挑発にしか聞こえないようなことをつい口走りながら、〈秘奥珠懐〉と〈調弦の型〉を呼び出す。あじさい色の浴衣に身を包んで、紅の琵琶を手にする。たったそれだけの過程に、相手はひどく警戒しているようだった。


「いつだったかぶっ殺したやつが使ってたな。ヒオウジュカイだったか? サブスキルもきっちり上げてるのは、いいことだと思うぜ」

「かなり強かったんですけど、大丈夫なんですか?」

「負けるから戦わねぇなんて、言うと思ったか?」

「あははっ、そうですよね!」


 相手は逃げない。ならば結界を展開する必要はないし、技の行使も最低限で済む。そう思った俺は、初手のデバフとして〈啾々たる結び〉を放った。当然のように切断されるが、液体が浸透するようなデバフの表示は見えた。


「ほお、装備補正の弱体化なあ……悪くねえな」


 ゴウッと迫るチェーンソーを避けて、紅弦で止める。しかし、それほどの緊張もなく防御は叩き切られた。稼いだ隙に〈紫沿誘灯ゆかりいざない〉を差し込み、ゾードの歩みをぐぐっと遅らせた。


「おう……? こいつはなかなか」

「まだまだ!」


 組み替えた〈割鉈の型〉で切りかかり、瞬時に受け止められつつも、耐久値の減少具合を手ごたえで察した。あと二回は無事だが、三回目には壊れる。金属の塊と切り結んでいるのだから、御の字だろう。


 貝がビームを放つたびに相手は揺らぐが、クリーンヒットを出せるほどではなかった。


「思ったよりは面白い性能してやがんな。だが、相手が悪い」

「そんなこと――」


 違ぇよ、と笑い声が漏れる。


強敵向けすぎる・・・・・・・んだよ、これは。バカみてえに強いが、どう考えたって役不足だ。いろいろ違うことが起きて、戸惑ってんじゃねえのか?」

「……たしかに」


 ビームに引き寄せられはしても、味方同士でぶつかったりはしていない。そして、どこかへ飛んでいくわけでもない。あのビームの引き寄せ効果は、はっきりと詳細が分かっていないことだった。


「デバフアイコンを見りゃ効果は分かるが……ちっとばかし、やりすぎだ。レイドボスと戦うならこれくらい欲しいが、なあ」


 右腕のチェーンソーが赤く輝き、左腕のエッジがわずかに鈍い赤紫を放つ。恍惚に打ち震えるように、あるいは惨痛に悶えるように、のけぞって天を仰いだ。そして男は構える。


「相手に不足はねえな。やるなら強い方がいい」


 ドルンと叫ぶエンジンの熱が、全身に伝播していった。

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