45話
歩いていて、どうしても相手に聞きたいことがあった。
どちらかというと説明が上手な方で、独自の価値観も持っている。だからこそ、俺がどうすべきかの指針がひとつでも欲しかった。
「あの」
「どうした。道合ってたよな?」
「聞きたいことがあって……」
「なんでもいいぜ。リアル情報だの、そういうの以外なら」
とくに振り向きもせず、ゾードは言った。
「あの。性潜性児って、どう思いますか」
「どうって何だ、何が言いてぇんだよ」
表情を変えるでもなく、青年はつぶやいた。
「オカンがそうだったとかは聞いたな。身近にいねぇし、友達だったこともない。人口の二割くらいなんだっけか?」
「そうですね……」
「高身長のイケメンだの、巨乳の美少女だの。嫌われる理由はないと思うぜ、本人がよっぽどイカレてない限りはな。怖いのか」
「……怖い、です」
手当たり次第誰にでも突っかかるPKと歩いているせいか、周囲には誰もいなかった。正直に何もかもぶちまけても、誰も聞いている人はいないだろう。
「役立ちそうな話はできねぇんだが、まあ、そうだな……俺がガキの頃の話でもするか。ザクロ、ひと昔前のVR格ゲーがなんて呼ばれてたか知ってるか?」
「そんな特殊な呼び方あるんですか」
「“ネカマ学校”だ」
びっくりするような言葉が飛び出てきた。
「昔の「ゲーム機」ってのは、デカいモニターと筐体と手元のコントローラーで一体を為してたらしい。だから、キャラクターと本人がぜんぜん違ったとしても、戸惑いやら違和感なんてものはない。禿げたジジイがむちむちの美女を操作してるなんてのも、珍しくなかった」
今でも、既存キャラはプレイヤーとまったく違うものばかりだ。シリーズが長く続いているものだと、キャラクリエイト自体が存在しないものも多い。そうでなくても、キャラゲーはなりきり要素が強いので、人間ではないキャラクターも無数にいるし、それを自在に操作できる。
「VRの黎明期にいちばん酷評されたのは、そういうキャラゲーだったんだ。だが、プレイヤーの男女比なんて調べなくとも分かり切ったことだし、どのキャラが強いか調べたらどいつに行き着くか、なんて発想も当然出る」
バッシングを受けるというほどではなくても、女性キャラを操作する男性プレイヤーに奇異の目が向けられることは避けられなかった。逆もしかりで、「持ちキャラに感覚が寄ったりしないんですか?」という失礼な疑問が投げかけられることもあったらしい。けれど、ゲーマーの適応は早かった。
「プロレスラーがある程度役割を決めて試合をするのと同じように……もともとのキャラの性格やらストーリーに寄せて、それらしいプレイで魅せるってやつが爆発的にウケた。かっけぇオッサンもそうだし、妖しい年増もそうだ。特撮ヒーローを完璧に真似るってのもいたし、それで動画撮るやつも出た」
今日初めて、やっとゾードは笑った。
「高校生になりたての頃にな。野良マッチでぶつかったやつが、マジで完璧だったんだ。俺はカニで、相手はタコだった。今じゃクソゲー呼ばわりだが、俺はマジでやってたつもりだったんだ。だが、相手は数段上どころか、天の上にいるんじゃねえかってくらいに遠かった」
タコだったんだ、と――心の底から嬉しそうに、言った。
「必死で足をがっしゃがっしゃ動かして、腕をハサミにして殴りかかるよな。カニはそうやって操作するし、ずっと使ってるから上手いと思ってた。だがな、相手は完全にタコだった。手足の曲げ方に関節を感じないし、四本以上の脚を同時に動かせるやつだった。完全敗北なのに、感動でいっぱいだったよ」
ほんとうにVR適性の高いプレイヤーだったのだろう、と考えていると、よく知っている名前が出てきた。
「今じゃ引退してずいぶん経つが、「
プロゲーマー「
「自分が楽しむだけじゃねえ、相手も感動させられるほどの勝ち方をすりゃあ、そいつが最強だ、ってな……何かのインタビューであの人は言ってた。ゲームを遊ぶこともエンタメにできるんなら、それも金になる。あの人なりの矜持だったんだろうよ」
「そう、ですか」
思わぬところから名前が出てきて、困惑しきりだった。
「人が見てるモンはな、ウソとホントの間にあるんだよ。見せたいものと見えてるもの、それにものの見方も混ぜ込んでる。自分がどう見えてるか気になる年ごろなんだろうが、まあ……見たまんまだなあ」
「見たまんま、って……」
言葉にしろっつうのか、とゾードは苦笑する。
「着流しの美少女で、トップクラスにクソ強ぇ剣士だろ。どのPKに絡まれようが返り討ちにしてんだから本物だ。それ以上なんもねえだろ」
「なにも……?」
だってお前フレ少ねぇだろうがよ、と鋭い言葉が飛んできた。
「仲いいやつとしか話さねえんだから、誰の評価を気にしてるんだって話だ。お前が決定的に変わっちまうほど気にしてるやつがいるとして、そいつはゲーム友達なのか? リアルで親しいやつだの家族だの、そっちじゃねえのか」
「……それは」
「遠い遠い、会いもしないやつがお前に何を言おうが、揺らぐもんじゃねえ。女キャラの中身がどうだと気にしてるのは、出会った女がみんな自分のモンになるだの気色悪ぃこと考えてるやつだけだぜ」
そうか、と自分の中で何かが溶けたような気がした。
「お前も選べ、そんで捨てろ。少なくとも俺は、切り合う相手にお前を選ぶぜ」
「ふふ……ちょっと、元気出てきました」
廃ビルの入り口をくぐって、距離を取って向かい合う。
「さあ、戦ろうか。アゲていこうぜ、なんもかんもすっ飛ばそうや」
「ええ、ぶつかりましょう」
手に持った〈割鉈の型〉の感触が、ひどく心地よかった。
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