43話
いまひとつはっきりしない、モヤモヤした悪夢を見ていたような気がした。きちんと言葉にできない感覚と、目が覚めた瞬間に説明できなくなる忘却とで、モヤモヤしているのにそれが膨らみもしない、ものすごく微妙な気持ちが続く。
「ん……」
わずかに体を動かすと、肩と肩がぴったりくっついていた。抱き合って寝ていた気がするけど、お互い寝ている間にけっこう動いていたようだ。姉の脚がこっちを捕まえるように乗っかっていて、すべすべと心地よいような、なんだかこそばゆいような、不思議な感覚だった。
こうして誰かと素肌が密着している時間も、物心ついてからはほとんどなかったような気がする。まだ寝ぼけた思考のなかでそんなことを思っていると、姉が起きた。
「カリナ、起きて……るね。どしたー、むにむに待ち?」
「する?」
「してやるー」
「んぇへへ……」
ほっぺを左右からふにふにされながら、俺も姉のほっぺたをむにむにし返した。
「うん、だいぶいい顔になってる」
「昨日、そんなにひどい顔だったんだ……」
ストレスはあったと思うが、敵を処理してなんとかしたつもりだった。それでも何も変わっていなかったのは、何か残っていたものがあるのだろうか。
「すっごく怖い顔してたよ、昨日。リアルだとあんなに怒らないのに」
「人と関わるからかなぁ。たまにああいうことある気がする」
「安易にゲームやめなよとか言えないし、なんとかしそうな気もするから……あんまり、上から押さえつけられないの」
「……ほんとにどうにもならない、ってことにはならないと思う」
オンラインゲーム内での迷惑行為は、当人同士での解決ではなく、運営への通報が基本だ。ルールの穴をついて、相手を逃がさないようにしたPKだったので、俺も相手を斬ることになったが……本来、ある程度通報が集まった時点でBANされるものである。
被害者が増えれば増えるほど、相手が何をしていたかのデータが集まり、同じ手口も人員も使えなくなっていく。だからこそ、「一対多数の決闘で誤操作を起こさせる」という卑怯極まりない方法は、すぐに使えなくなるだろう。この二日同じことができたのが奇跡で、一回目に斬ったのが五人にも満たなかったことを思うと、被害規模はもっと大きくても不思議はない。通報も、少なくないだろう。
「ちゃんと人のこと頼るんだよ?」
「うん。知り合いにも連絡してるし、だいじょうぶ」
俺は負けなかったから、という安易な根拠ではなく、ゾードなら大義名分を盾にいくらでも殺しまくるだろうという確信がある。それこそ、相手が恐怖からゲームを引退しかねないレベルまで追い詰める可能性もあるだろう。そうでもしなければ、晒されるなんてことはまずあり得ない。
「ほい、髪の毛梳かすよー。カリナはそこまでくせっ毛じゃないけど、たしなみ」
「あ、ブラシ! ありがと、姉ちゃん」
小さく響くしょりしょりという音は、たしかに“とかす”だとか“くしけずる”だとか、そういう言葉にふさわしい気がした。自分を男だと思っていたときは、髪の毛をがしゃがしゃ洗うのと何が違うんだろうと思っていたけれど……こうして自分のものとしてやってみると、まったく違う。
音も感触も心地よくて、とても落ち着く。誰もが毎朝のルーティンにしているのも納得だった。ほとんどどこにも引っ掛かりがないのを確かめてから、返そうとして「カリナのでしょ」と苦笑されたブラシを眺める。とても小さくて穏やかな、なんということはない時間のはずなのに、お風呂に入るのと同じくらい落ち着いた気がする。
「きょう一日丸ごと暇だし、ゲーム三昧しちゃいなよ。それで、もっといい顔になってくること! 説明しなくてもいいくらい、もう大丈夫って思わせてね」
「難しいなぁ……ちょっと難しそうだけど、やってみる」
何をすればいいかは決まっているけど、一日あたりで得られる成果もだいたい決まっている。少なくとも、真っ当に達成感を得ることは難しいように思われる。なんとかする方法があるとしたら、資産を思いっきり吐き出すくらいだろうか。
「朝ごはん食べたらすぐインして……うん、だいたい固まった!」
「早いね。こういう感じだから、ゲームうまいんだろうけど」
ふんわりと笑う姉と並んで、朝食までの時間をなんとなくくっついて過ごした。
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