42話

 コンディションが悪いせいなのか、慣れていないせいか、新しい敵にはかなり苦戦していた。


「えつおじけと」「えつおじけと」

「いなかなかなほつつじじゃのおたわらう」


 相変わらずろくに聞き取れないセリフばかりだが、機械のように最適化をする可能性もあるし、意味はあるのだろう。倒せた敵の素材を見ると「符蛆ふそ」というらしいカテゴリの敵は、機械と同じくライヴギアに対応した技術で生み出されたものらしかった。紙というよりは木に近い材質に見える、公家の護衛かなにかのような、雅なサムライめいたデザインのモンスターは、むやみに強い。レア個体らしい姫君のようなそれは、もうでたらめとしか言いようがないくらいだ。


「こんなふうに見えてたのかな、俺って……!」

「いえさゆふぉぜらでと」


 妙に固いうえに、何かの術を標準装備しているようで、分身や魔法を使ってくる。いちおうは雑魚モンスターのはずなのだが、一体でもケンタウルスと同じくらい強いように思えた。しかも複数体同時に出てくるので、さすがに集中力が切れた――


「えちやめりかへだびあゆおやむ」

「うならたぐにさぬおいなきろいいなん」


 どこか憐れむようなトーンの言葉を投げかけつつも、敵は火炎の鳥と槍による刺突というコンボを繰り出す。さばききれず受けた攻撃は、化け物じみた威力でHPを削り切る。灰色になっていく視界の中で、敵が何か言葉を交わしているのが聞こえた。


「あくおらえぢけぶそどもうぇありそく」

「えつおらこやひねかこぬふぉののむ」


 ぐいっと引き延ばされた視界が宿屋に戻る。


「雑魚に負けるって……敵のレベル、上がりすぎじゃないかなぁ」


 単純なスペックもそうだが、使ってくる技も平均的に強い。いちばん最初に倒したしっぽランタンは、せいぜい突進とたまに火球を使うかなくらいのものだった。機械も対処が難しいわけではなかったし、NPLも技は弱かった気がする。


「そろそろ、ちゃんと武具作らないとな……」


 スペックが足りていないのは分かったが、レベルだけでどうにかなる段階ではなくなった。楽に揃うものでもなんとか揃えないと、これ以上はそもそもスタートラインに立てないくらいの状態になりそうだ。


 考えながらログアウトして、起き上がった。


「ん? カリナ、なんかあった?」

「えっと、……うん」


 勝っても得るもののない戦いを経て、勝ちたい戦いには負けた。そんなぼかした言い方をすることもなく、すべて話したが……姉は、なんだか困ったような顔をしていた。


「人同士で戦うって、あたしにはよくわかんないな。そんなに戦う理由あるかなー?」

「負けたくないっていうより、お金とかいろいろ取られるし、いいことひとつもないから」

「そっか。ぜったい許せないことがあるなら、ケンカするのも悪くないかもね」

「止めないんだ?」


 別に、と姉はらしからぬ言葉を吐いた。


「いい人だけじゃないし、変わらない人もいるよ。新聞の人生相談とか見たことある?」

「や、あんまり。そんなにすごいの?」


 あきれちゃうよー、と笑う。


「いろんなことを積み上げて、ちゃんと人生できたらいいんだけどねー。案外そうでもないから、人とぶつかること、あると思うな」

「そっか……」


 もっと昆虫めいて、反応するままに倒すような感覚だった。


「あたしのかわいい妹だぞー、ってちょっとは思うけど、たぶんゲームだったらカリナの方が強いし。もう一回やり返すのはナシだね。それに……価値観の柔軟さっていうか、そういうやつ? 人によってけっこう違うから」


 性徴顕化のことを不気味・不思議に思う人も、それを受け入れられない人もいる。当事者や関係者になるまで分からないことだらけだし、ガイドラインが頒布されていても、自分から手に取ることはなかった。


 俺だって、彼らの仲間入りをしないだけの、潜在的な敵だったのかもしれない。


「制服、あさって届くから。きれいな写真撮ろうね」

「……うん!」


 姉の言わんとすることを察して、俺はうなずいた。


「じゃあ、くっついて寝る? もっと女の子になっちゃうように」

「いや、別にいいけど」

「強制」

「なんで!?」


 ゲーム用にカスタマイズされた自分のそれよりも、姉のベッドはものすごく快適だった。密着しすぎてどぎまぎしていたはずなのに、俺はいつの間にかうつらうつらしていた。


「おやすみ、カリナ」

「ん……」


 言葉にできなかったもやもやは、いつの間にか溶けていた。

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