39話

 ログインしてすぐ、メールが届いているというアナウンスが流れた。昨日と同じドボンからのメールだが、タイトルは「申し込みのお知らせ」という……日本語として変な並びに思える、奇妙なものだった。


「申し込み……対人戦の?」


 そこまで強そうにも見えなかったのに、と改行多めの文章をスクロールしていくと、どうやら「ゾードが戦いたいと言っている、待ち合わせ場所を指定しておくので向かうように」というものだった。かなり身勝手な気がするが、ゾードならやりかねないな、と思えてしまう。


 かなり使う結界テープを「呪い師とでも戦っているか」と心配されながら買い込み、ポーションもきちんと仕入れる。そして、このあいだ向かったダンジョンである「腐朽の崩壊通路」にほど近い、指定された廃ビルに向かった。どうやら「虚ろの残り家」というダンジョンらしいその場所は、低階層が上下に派生するフィールド扱いらしかった。


 気配というほどのものでもなく、あちこちに人が隠れているのが分かった。来たぜだのマジかよだのというささやきが漏れていて、ただの観客とも違うような、ひどく下卑た視線とあざ笑うような言葉がしみ込んでくる。


「まさかドボンの言うことなんて信じてやがるとはなぁ! あいつはこっち側だぜ、情報もぜんぶ渡ってきてる。晒されたPK野郎のシンパなんて、とっととゲームから追放してやんねーとなあ!?」


 ガセネタを掴まされたのか、信じ込みたいからそうしているのか。聞いただけでは判別ができないが、少なくとも相手がやる気なのはわかった。少なくとも十人以上、かなりの頭数を揃えて、確実に殺しに来ている。


「すぐ顔が知れ渡るVRゲーでネカマやるなんて、勇気あるなぁお前」

「何言ってるんですか……この春から」


 こんな情報を渡しても徳なんてしない、と気付いたときには遅かった。「ああ、そう」と忍び装束の青年が冷たく吐き捨てる。


「オトコオンナかよ。きっしょ」


 堰を切ったように、ざわめきが場に満ちる。


「これさ、ワンチャン俺らがファーストおっぱい揉めることにならん? 初物だろ絶対」「マジか、マジだわ」「一生の思い出ってこと? すげぇじゃん」「どうせPKなんて泣き寝入りするしかねぇんだからさ……これ、いろいろできるくね?」「俺ら悪くないんだもんな。じゃあさ、じゃあさ」


 周囲にドン引きしている青年はともかく、テンプレ通りの育成をしているらしい連中はまともではないようだった。集団であることと“悪くない”ことで、洗脳されきっているように見える。


「ま、なんだ。ゲームの寿命縮めるほどツエーされたら困るんだわ。運営だってそう思ってると思うぞ? 無課金勢が全員ぶっちぎって最強とか、儲けになんねぇじゃん。課金してるやつらが萎えてやめて、さっさとサービス終了したらさあ。それってお前のせいだろ」


 浅慮を真実と信じ込んでいるというか、運営を舐めているというか……強すぎる性能なら下方修正されるだろうし、バグなら修正される。いくらワールドシミュレーターが使われていようと、情報の追加や訂正は可能だ。運営にはそれができるのだから、一人のプレイヤーがそれを憂う心配なんてない。


 ましてや俺がサービス終了を招くなんて、空気を入れられて都合よく騙されているとしか思えなかった。


「ガキは分からせてやんねぇとな。あのゾードにも立ち向かったんだろ? 俺たちにビビッて逃げるわけないよなあ?」

「そんなに強そうには見えませんけど」


 飛んできたデュエルの申請を、一も二もなく受ける。


「おい、こいつ本物のバカだぜ! 内容見てないだろ!? こんな低能だからバトル性能全振りなのか? ちゃんと読めよな」

「……たった三行くらい、一瞬で読めますけど」


 冗談のような煽りなので、逆に困惑する。


 所持金とアイテムすべてを賭けた試合で、相手は連結パーティーらしい。しかし、ぞろぞろと数だけ多い烏合の衆といった印象で、負けの目はない。


「VRガチ勢は指先が違う」という言葉がある……体のすみずみまで制御が行き届いていて、意識していない動きでも表に出て見えるのだ。笑っているはずなのに顔があまり動かない有象無象の群れは、まだまだ仮想世界へ適応していないことが見て取れた。


「数の差で不利なことも分かんねぇみたいだな? 勇気と無謀は違うってことも知らないようじゃあ、ただのガキだぜ!」

「自信家ですね。ちゃんと折って、潰します」


 この時代に、まだ性潜性児のことを差別する人がいたなんて、というモヤモヤが胸の中に満ち満ちていた。呼び出した〈秘奥珠懐〉は問題なく使えるらしく、織り込んだ術はすべてこちらから行使できる。


 どくんと貝が震えて、奇怪な呼吸音のようなものが響く。発動した効果は、中核となった絵語のそれだった。何がどんな風になるかは、俺にもまだ分からない。


「棒立ちかぁ? こっちから行くぜ!?」

「構いませんよ」


 腰に差していた刀を抜き放ち、〈調弦の型〉に組み替える。浴衣と琵琶という組み合わせを誰も知らなかったのか、周囲はざわめいていた。


「なんだぁ、情報にないやつか? まあいいや、かかれ!」


 砲口に集まったビームの光が、目を焼いた。

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