40話
べん、と弦を鳴らす。ざっと五十メテラ分のテープが一瞬で張り巡らされ、出入り口がすべて封鎖された。ひと巻きだいたい百メートルで百メテラなので、この〈天網戒海〉はものすごくコストのかかる特技だ。そして何より、閉鎖空間に自分と敵を閉じ込めるという選択は、絶対の自信がなければできるものではない。
「バカなのか? 逃げ場がなくなっただけじゃねぇかよ」
「あなたたちもね」
見たところ、武具をきちんと揃えているプレイヤーはおらず、最高でも不完全遺物止まりだ。ライヴギアが見えない敵は要警戒だ、と思った矢先に「おりゃ!」と汚い霧が吹きつけられた。
「くふふっ、〈ダーク・ヴェイパー〉! 耐久値の消費が二倍になる……あの刀もその琵琶も、すぐに壊れるぞ」
「研究して対策してきてるんだぜ? 無双なんてできると思うなよぉ!?」
すうっと浮き上がった貝が、その言葉をまったく無視して紫色のビームを放った。符術から生えてきた、〈
「うおわっ!? な、なんだっ」「待ておい、こっちに剣向けるな!」「お前がだろ、何やってんだよっ」「どういう、くそっ、何がここまで……!?」「火力技じゃないんだぞ、これ!」「バカ、言ってる暇があったら……!」
ガラガラがしゃがしゃと人同士が引き寄せられ、そのままの勢いでぶつかってはとんでもないダメージを受けて、弱いものから砕け散っていく。
単なる衝突でも、ステータスは反映される。火力だけ上げて耐久面をおろそかにしていたのなら、例えば日本刀で思いきり切り結ぶように……「ぶつかった方が壊れる」という現象が、両者に対して起こりかねない。
「秘密はあれか! ザイル、お前紙使ってるんだろ、分かんないのか!」
「補助アイテムあたりだろうが……耐性補填できるやつは!?」
呪物〈秘奥珠懐〉は、「中心にあるモノの正体が不明である限り、五秒ごとにその効果が発動する」という効果を持つ。“わからない”という認識が存在しなければ効果はないが、そうでなければ効果はスタックし続ける。そして「絵語:
もともとの〈
「ふつうに接近しろよ、さっさと倒せ!」
「できたらやってんだよッ!」
移動系特技を使いまくって、引力圏から逃れている猛者もきちんといた。何か攻撃しようとしたり、いろいろと飛び道具を使おうとしたり、試みは見えた。しかし、照準も定まらずダメージだけがかさむ状態では、まともな攻撃などできようはずもない。
「あれを壊せ、なんとかしろ!」
「狙えたらやってるって言ってんだろうが!」
から撃ちしたビームに引き寄せられた敵を斬り、数を減らしていく。まともな耐性防具も揃っておらず、特定の攻撃や効果だけ避けるライヴギアもなく、こちらの為すがままに敵は死んでいった。耐久値の消費二倍も、術者が死んだのか早々に効果が切れている。
「残っているなら、奇襲でもなんでもしてきてください」
認識がある以上、敵は引き寄せ効果から逃れられない。自分の周囲にから撃ちしたそれに引っ張られてきた青年を〈四葬・無明鴉〉で処理し、戦闘が終わる。最初にかけられた状態異常以外は、ほとんど無傷での完勝だった。
「ザイル、かぁ……」
俺に「オトコオンナかよ」と言った藍色の忍び装束の青年……最後まで生き残っていた彼は、声からして兄弟でゲーム配信をしている「ざいろぷCh」の兄の方だろう。ザイルとロープという安直なネーミングはともかく、格ゲーやクソゲー、ときたまMMOにも出張してくるおもしろ兄弟だ。
「あれ? そういえば……」
最近体調不良で活動停止したと聞いたし、父さんも「案件が急に潰れたのがいくつかある」と頭を抱えていた。進路だの受験だのの話が少しずつ出てきていたり、ふたりともがそれに頭を悩ませていたり……年齢も一歳違いではなく、兄の方は高身長なので、それぞれの受験の話があるのもうなずける。
何が起きているのかをなんとなく悟った俺は、あの差別的な手ひどい罵倒に、むしろ同情せざるを得ないような気持ちになっていた。これが俺の妄想ならそれでいいのだが、そうでなかったら、一体どうすればいいのか。
分からないまま、俺は立ち尽くした。そういえば、とメールの一覧を見る。
「ゾードさん、返信ないなぁ……」
ログインしていないわけではなさそうなのだが、メールの返信はなかった。心置きなくぶった切れる敵の登場なのに、と考えたのだが、あの人のこだわりはもうちょっと違うところにあるのかもしれない。
どうせダンジョンの入り口だし、と……なんとなくで地下に潜ることにした。
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