35話

 夕食は、豚肉のしょうが焼きと大根の味噌汁、雑に切ったパプリカのサラダ(?)だった。味の種類はそんなに変わらない気もするし、なんだか同じような風味も感じるのだが、ピーマンよりはパプリカの方が食べやすい。そのわりにはピーマンの方が料理としてよく出てくるのは、ものすごく謎だ。味が強い分、合わせたときのアクセントも強くなるからだろうか。


「やっぱ美味しいなぁ、しょうが焼き。こんがり焼けてて」

「あの人も昔から喜んでくれてたのよ。得意料理だし、いろいろ試してみて「これがいちばんいい」って。がんばったのよ?」

「食べてくれる人がいると上達する、って言うもんね」

「エナったら、よくわかってるじゃない」


 そういうものなんだなぁ、と思いながら食べる。ごく最近まで中学生だったし、友達もそんなに多くなかったので、外でしょうが焼きやお味噌汁を食べる機会はなかった。そういうメニューがあるとしたら定食屋だろうし、どのみち行く機会はなさそうだ。定食屋に行く中学生なんて、かなり探してもなかなか見つからなさそうに思える。


「やっぱり、繰り返しやってコツを掴んだり、試行錯誤したりね。大事だと思うわ」

「そっか……いっぱいいろいろ、やってるんだね」

「“できる”にもいくつか段階があると思うけど、こなれるまでやるのは大事よ。ゲームでも、剣を振る動きを覚え込ませたりするらしいじゃない?」

「うん、めちゃくちゃやってる。覚えないと進めないし」


 そこまで厳しいゲームは少ないが、ある程度動きができあがった前提で、テクニックだけで戦わせるボスは存在する。よくある「チャレンジモード」は、初心者どころかシリーズファンさえうなるようなシロモノが多い。


「あの人みたいにプロゲーマーになるつもりなら、きっとすごく練習しないといけないんでしょう? かなり長い時間やってるけど、どうなのかしら」

「中堅よりは上、って自信はあるけど……。まあまあ、かなあ」


 それこそ多人数戦でもそれなりに戦える自信はある。けれど、父さんが言うように、それが多くの人から支持されるとは思えない。勝ちすぎると、見ている人は勝利に期待しなくなるものだ。勝って人気が出る人もいれば、負けて人気が出る人もいる……たくさんの配信者を見てきた父さんだからこそ、なんとなくではなく、悟っているのだろう。


「がんばってみる。いろいろやってみたいし、『ナギノクイント』だけやるわけじゃないからさ」

「そういえばそうよね。昔はゲームやると馬鹿になるとか目が悪くなるとか言われてたけど、今じゃみんなの趣味だものね」


 そんなことを話しつつ、きれいに食べ終わった皿を片付ける。


「「ごちそうさまでした!」」

「はい、おそまつさまでした。食べた後だし、水分は摂ってからゲームするのよ」

「うん。大丈夫」

「ふふっ。ほんと、あの人の若いころを思い出すわね」


 頭をよしよしと撫でられて、姉にも後ろから抱きすくめられつつ、ゲームをする前の身支度を終えた。歯磨きもそうだし、水分を摂る量を間違えると大変なことになる。体調のアラートはだいたいなんでも出るけど、アラートが出て間に合うかどうか、状況が即時のログアウトを許すかはまた別の話だ。具体的に何の話かは言わないことにしても、ゲーマーなら押さえておくべき基本だった。


「そういえばさー、カリナ」

「ん?」


 部屋に戻ってデバイスを整えていると、姉は何か聞きたそうにしていた。


「今回、ぜんぜん下調べしてなくない? いつもならきっちり決めていくのに」

「たまには、そういうのもいいかなーって思って」


 例えば「Tierティアー表」というものがある――どのキャラ、どのジョブが強くて人気かを一目で分かるようにした、格付け表だ。一人用のゲームなら有効だと思うし、そういう攻略データはありがたい。けれど、対人戦がメインのゲームを遊んでいると、どうしても考えてしまうことがある。


 強いキャラで勝っても面白くない・・・・・


 明らかにゲームバランスが崩壊していればともかく、大手が作ったちゃんとしたゲームでそんなことをするのは、それほど面白いことではなかった。原作付きのゲームや、なりきりも重視されるゲームだと、その傾向はさらに強かったように思う。


「たぶん、一瞬の隙をこじ開けたり、これをこう使うのかって挑戦の方が楽しいよなーって思ってさ。切り拓く側になりたいんだ」

「フロンティアスピリッツってやつ? いいじゃん、そういうの」


 ほんのりと微笑みながら、姉は言った。


「楽しまないとね、そういうのも。ゲームやってていちばん楽しい瞬間だろうし?」

「うん。まだまだ始まったばっかりだし、やりたいこと多いから」


 専用の枕に首を据えて、ゴーグルを装着する。


「行ってくるね」

「うん。いってらっしゃい」


 自分の言葉にわずかな違和感を覚えつつも、俺は『ナギノクイント』の世界に直接ダイブした。

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