34話

 洗いっこをして姉の体に触れて、改めて女性の肌に触れた。指先の感覚が変わっているのか、それとも姉の肌がとくべつにキレイなのか、しっとりすべすべしていた。触れた指先から“美人”という言葉を感じるものなんだな、と今さらながら思った。


 お風呂から出て、バスタオルで水分を拭き取る。そこまで寒くはないけど、しっかり温まったせいか、体から湯気が立っている。二人分の湯気がなんだか妙に煽情的に思えて、へんな笑いが出てしまった。やわらかめのルームウェアに挟んだ下着が目に入る。


 買い物袋から出しているときも思ったけれど、やっぱり女性の着る服の生地は薄く感じた。タンスから出した着替えがとても軽くて、少しだけ重かったカーゴパンツや、制服のズボンとはまったく違うものに思えた。布地も質感もとうぜん違うのだが、こもっている心意気というか、そういうものがまったく別のところにあるような気がする。


「自分の服、どんな感じ?」

「ん、なんか軽い」

「そんな重い服とか着てたっけ」

「ズボンとかさ、わりと分厚くない?」


 そうかなーと言いながら、姉は楽なブラを着けていた。ずっと裸でいるのもおかしな話なので、こちらも服を着ることにした。


 白の地にクリーム色の縁取り、リップのような色気のある桃色の刺繍と、優しいオレンジ色のリボン。全体的におとなしめのデザインの中で、心の柔らかい部分を的確に突っつくような刺繍が、ほんのわずかなためらいを大きくしている。肩ひもを腕に通して、背中のホックを留めて、カップ部分を胸に当てて……少しだけ動作が鈍った。


「ファーストブラ、やっぱ緊張する?」

「これ、そういうのなの?」

「初めて買って、初めて着けるブラのこと。おっきくなるまでキャミソールでごまかすとか、そもそも着けないとかあるけど……カリナみたいにいきなり女の子になったら、そうも言ってられないし」


 始まりじゃないけど、と姉は微笑む。


「あたしのやつ貸してあげたから、これが初めてじゃないけど。女の子には、すっごく大事な始まりだと思うんだよねー、これって。フランスだとお母さんが選ぶとか聞いたけど、カリナがちゃんとお話して、自分のセンスで選んだものだし」


 もにりと胸を動かして、カップの中での位置を整える。いい調子に整ったところで、鏡を見る――


「まだパンツはいてないでしょ」

「ふぉうわ!?」


 半裸ではなくて、アウトな方面で全裸に近かった。




 ご飯ができるまですこし間があったので、部屋に戻った。


「そういえばさ、カリナ」

「ん、なに?」


 これこれ、と姉は端末に表示した何かの記事を見せてきた。扱いが小さいので、コラムかもしれない。


「性徴顕化後のケアについて……って、あるんだ、そういうの?」

「途中のケアもあるけど、すっごい大きい変化だから。こまめにお世話しとかないと大変みたいだよー」


 記事を読む限り、性徴顕化はやはり体に大きな負担をかけるらしかった。急激な細胞分裂と異常な代謝は、かなりの熱や大量の老廃物を出す。ほとんどは汗をかいたり垢が出たりしてごまかされているけど、体内に残った分は妙なところへ残留することがあって、内臓に負担をかけるのだそうだ。


 実際にそういった症例も少なくないうえ、性徴顕化を経験した人が早死にするとされている原因もそれだ、と――わざと不安を煽り立てるようなことばかりが書かれている。


「で、なんだけど。いろいろ本を読んでたら、指圧がけっこう効くって書いてあったんだー。さっそくちょっと勉強してきました」

「や、やるの……?」


 座って、と俺をベッドに座らせて、姉は首をとんとん叩いたり、鎖骨の下をぐいぐいやったりしていた。首は心地よく感じられたのだが、鎖骨の下はわりかし痛い。


「痛くない?」

「ちょっと痛い……」

「溜まってるのかぁ……。ここ、けっこうゴミ捨て場的な? そういうとこらしいし」

「体の中にあるの?」


 頬骨の下のへこみを押されたり、ふくらはぎ、足の指まで念入りにぐいぐいと揉まれたりしてみると、思ったよりも痛いところが多かった。表面上でも気持ちの上でも、もう問題はなさそうに思えていたのだが、体の中はそうでもなかったらしい。


「うぅ……ありがと、姉ちゃん」

「いいよー。あたしも全身おもっきし堪能できたし?」

「そっち目当て!?」

「下心はあるよ? でも、大事な妹だし。だいじだいじー」


 横にぽすっと寝転んだ姉に、お腹をよしよしと撫でられている。


「やってるときとか、勉強してるときとかさ……あたしこういうの向いてるかも? って、思えたんだ。いま高校三年になるとこだから、じゅうぶん間に合っちゃうんだよね。なんとなくの就職じゃなくて、きっちり決めた道を進むの、憧れるなーって」

「姉ちゃんがそういう話するの、珍しいね」


 誰かや何かへの憧れなんて、素直に話す間柄ではなかった……ように思う。ここまで肌と肌の密度が増して、どこか背徳的な雰囲気でさえあるのに、それが逆に信頼できた。姉が素直になれる状況なんて想像がつかなかったけど、こういうことだったのだろうか。


「これからも実験台になってくれる?」

「……いいけど」


 言い方が最悪すぎて、雰囲気がぶっ壊れてしまっていた。

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