33話

 絵を描くとき、骨格を先に書いてガイドにする人は多いらしい。俺もその一人だし、とても有効な方法だと思う。基準が決まっていたら、そこからのブレが修正しやすくなるからだ。逆に、骨格がむちゃくちゃになったとき、それを修正するものはいなくなる……骨組みが歪んだら、全体もおかしくなっていくものだろう。


「ライヴギアって、こんなんなのか……?」

「“ノンパーソナライズド”という名前から察するに、ですが。本来あるべき性能がない、ほかの異常な進化を遂げた形なんだと思います」


 それぞれのパーツにあたるのだろう骨格のひとつひとつが、ギリギリと軋みながら伸びたりねじれたりと変形していく。何枚もの紙を重ねた誤差を極限まで広げに広げたかのように、それはもはや骨の原型さえとどめていなかった。


「ガガ、ガッガガァガ」


 下手くそな人が針金を組み合わせて作った芸術もどきのような、とんでもない形になったNPLは、恐るべき速度で飛びかかってきた。


「板、使えなくなったのか!?」

「弱体化……でも、ありませんね」


 ピュリィも殴り合うには向いていないのか、双頭の骨蛇を変形させていない。盾役がいてくれればよかったのだが、事実上その役割だった〈ツインヴァイパー〉は、速度についてこられていないようだ。


 スピードタイプのアタッカーと、配下の頑丈さを売りにしているサモナー。バランスが保てているわけでもないので、危険自体はいくらでもあったが……こうなってしまうと、両方が無理をするしかない状態である。


 殴りかかり、尻尾で打ち、いまだ広がり続ける骨格で切り付ける。速度も重さもかなりのもので、ついていくのに精一杯だった。


「鎧とかないか!?」

「この子に頼っているので、ありません」


 切り結ぶというにはあまりに一方的で、俺の刀はめちゃくちゃに蹂躙され続けている。どうにか攻撃にぶつけてHPを削られないようにしているものの、初期装備である〈割鉈の型〉には限界が来ていた。


「ほかの型も完成してないし……これでやるしかないのか?」

「速度は鈍らせてみます、どうにか……!」


 骨蛇のもやが吹きかけられた瞬間、敵の攻撃がわずかに遅くなった。意図せず滑り込んだ刀が、極限まで薄くなっていた敵の構造を破壊する。カッターナイフの刃が簡単に折れるような感じで、強度はかなり落ちていたようだ。


「これなら、なんとか……!」


 速度デバフが持続している間だけ、俺たちは有利に振る舞うことができた。だましだましでどうにか続けて、ひたすらに削り続ける。ふつうの生物や機械と違って、敵のデッドラインはまったく見えない……何をどうすれば倒れるのか、想像もできなかった。


 骨の竜は花開くようにその形を変えてゆき、もはや何が何だか分からなくなったところで、縦に一刀両断された。


「切れた……」

「終わり、みたいですね」


 ふわふわと放出される煙のようなものは、ライヴギアを動かしていたエネルギーが抜け出たものらしかった。本体の最後っ屁を警戒していたのだが、意思があるものではなく、単なるエネルギーのようだ。


 認識がない、とアナウンスが出た通りに、単なる素材アイテムの集合体だったようで、なんの痕跡も見られない。ドロップアイテムとして出ていた骨の板にも、生前(?)のそれのような文字は見られなかった。


「これ、一体何だったんだろうな……?」

「あの人のような研究者の失敗作か、こういうものが生まれる仕組みがあるのか、……どちらかだと思いますよ」


 後者だとしたらだいぶヤバいな、と考えながらも、アイテムをざっと見た。やはりカテゴリは骨だったようで、ライヴギアの部品と換金アイテムしか落ちていない。結界テープをかなり使ったので、この戦いだけで限定するなら赤字である。


「うーん……?」

「どうしたんだ?」

「戦いの相性、そこまで見られませんでしたね」

「ああ、確かに……」


 二人で戦っていたのに、そこまでコンビネーションを意識することはなかった。両方が役割をこなしていたものの、単独行動の組み合わせで終わっていた気がする。


「フレンドだし、今日は慣らしってことで……」

「そうですね、今日は。また新しい装備を手に入れたら、ぜひ教えてくださいね?」


 また服をコーディネートするつもりだな、と思ったが、それも悪くない気がした。


「ところで、クエスト進んでないよな?」

「そうなんですよ……明らかに何かありそうだなって思ったのに。あれって、結局何だったんでしょう」


 歩きながら言葉を交わしたが、答えはちっとも出てこなかった。


「考察したら面白そうなんだけど、まずはブレイブを解読できる場所からかな。サナリさんって、そういうことできるんだっけ?」

「あそこにはないらしくて、どこかのダンジョンを完全制覇するしかないみたいですよ。NPCから情報も出るみたいなので、しばらくは待ちですね」

「そっか。いろいろ用事あるから、今日はこれでログアウトすおちるよ」

「そういう時間でしたね。私も」


 お風呂の準備を始めるために、俺はログアウトした。

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