28話
「分からないという顔をしているなっ。つまり、人造人間ということだ」
人件費という言葉を使うと大げさだが……人が生きるために使うお金と考えると、低コストで稼働できる「ちゃんと生きていない人間」を生み出して労働させる方が効率がいい。住む土地も必要ないし、食費もログインしている間に消耗した分だけでいいので、
いっさいの人命を損なうことなく危険な探索を行うことができるし、本来ならあり得なかった商機を生み出すこともある。ごくごく一部の強者、もしくは力しか持っていないアウトローにしか成し得なかった偉業が、いくらでも増える一般人の手によって起きる。
そんな、夢のような話だった――使う側からすれば、だが。
「そもそも何なんですか、「アクロス・プログラム」って」
「並行宇宙架橋計画だ! 宇宙の果てを観測した人類は、しかしその先を求めた。ありとあらゆる技術を使った渡航計画は成功したはずだったが……なんと、五つの宇宙において、人間が開拓していたある惑星が同一座標にあったのだっ」
この辺はオープニングで言ってたな、と思いつつピュリィを見ると、何かの作業をしていた。長い話なので、スキル上げでもやっているのだろう。
「さて、ここからが本題だ。次元干渉と時間跳躍でごまかしはしたものの、きちんと協議せずにそれぞれの人類が好き勝手をやった――その結果として、この惑星はブラックボックスと化したのだ!」
「どういう状態なんですか、今は?」
どこも把握していない、とむちゃくちゃなコメントが返ってきた。
「それぞれの並行宇宙にて、最先端技術を持つ国はそれぞれ違った。惑星地表における所在地もそれぞれ別で、生存者の居所もばらばらだっ。宇宙すべての技術者が手を取り合った結果ライヴギアが生まれたが……」
ぱっと表示された地図は、シュウイ平原までしか書かれていない。
「
「そんなバカな……それで、プログラムからどれくらい経ってるんですか?」
「私は、芸術を極めんとして伝統技術をたどっていっただけの一般人だ。各国の情勢やら歴史記録までは把握できていないのだ」
「ブラックボックスって、年代まで……!?」
そもそもの話だが、とサナリは笑う。
「宇宙の果てではなく、彼らが住んでいた惑星の近くにゲートを開いたんだっ。そのあたりの配慮も欠けているし、まともな記録を残せるほど耐久性のあるものも、ほとんどなかったようだ――魂魄結晶化技術を除いては」
「ブレイブ……」
世界全体がどんな状態か、というところから空白らしい。
「この付近で発掘された不完全遺物も加えて考えると、「ミザリア」「バナコ」「トウバ」という三つの勢力は、間違いなくあったようだなっ。きみたち
地図が表示されていたホロウィンドウが、目標が書かれたボードに切り替わる。
「ひとつ! プログラムによって生じた不明敵性存在の排除だっ。これは実に順調に行われているから、心配していないぞ」
「でも……」
「ピュリィ、きみは静かにしていろ」
「はい」
何を言おうとしたのか、彼女は口をつぐんだ。
「ひとつ! 遺物の発掘やスキルレベル上昇による、遺失技術の復元っ!」
「え、なんでスキルで?」
「
「な、なるほど……?」
デザインされたのは過去の話だが、そのときよりも技術は衰退し、脈々と受け継がれてきたものだけが生き残っている。街の人から学べる技術も、実際には過去のそれの焼き直しなのだそうだ。
「そして最後、これはおまけだがっ。人類の生存圏の確保だ」
「いや、いちばん重要なんじゃ」
「そんなことはないぞ。街の様子を見て、いったいどう思った?」
「どうって……雑に入り組んでるな、とか」
「それは、ある程度安定している証拠です」
ピュリィが口をはさむ。サナリもそれを止めず、肩に骨を乗せた痴女はつらつらと語った。
「人類は滅びてもいないし、モンスターもそこまで強くないんです。けれど、先に進まないのは……ある程度以上は進めないからです」
レベル帯の話をしているようだった。
「道はあるのだが、門番のような怪物がいるのだっ。だがしかし追ってこないので、門番に襲われない範囲で、ヘスタは成立してしまっているのだ!」
「いちおう平和なのって、そういうことでしたか」
水はある、農耕もできるし肉類も問題なく入手できる……ただ生存だけを考えるなら、ヘスタはすでに完成しているらしい。
「ところがだっ!! きみたちは突如として復活したサテライトコロニーから降りてきた。たった今、時代が変わろうとしているっ。この多重交錯空間を、人類の手に取り戻す日が来ているのだ!」
何かのクエストの始まりらしい、と俺はいまさら理解した。
「芸術を爛熟させるのは、何より平和だ。そして、実用にも美しさを重んじるのが作法というものっ。私はどんな苦境でも芸術を捨てはしない!」
部屋の片隅にだだっと走っていったサナリは、引き出しを開けていくつもの小瓶を取り出した。
「ここに出入りする人々と協議して作り出した、新しい色だ。きみなら使い道を思いつくんじゃないか? 三つある、好きなのを持っていきたまえっ」
「ありがとう、サナリさん。じゃあ……これを」
全体的には黒だが、やや透けて見えるうえに、消えてしまいそうな儚さも感じる。黒という色にはふさわしくないほど、ぼんやりとして弱い色だった。
[クエスト:「アクロス・プログラムの解明」を受注]
片道切符を受け取って、俺たちは倉庫を出た。
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