29話
壮大な話を聞くだけ聞いて報酬はひとつ、手付金のようなものなのだろうか――と思っていると、ピュリィはちょっと苦笑して言った。
「すみません、強制的に受注しちゃうクエストみたいで……。プレイヤーは全員、意識しなくてもやってるような感じなんですけどね」
「いや、別にいいんだけど……人類って、けっこうヤバい状況なのに平然としてるね」
いつ崩壊するかも分からない生存圏、死守する戦力も結成されず、漫然と日常が続いていてだいたいのレベルキャップも決まってしまっている。言ってしまえば「序盤の街」そのものなのだが、歴史を聞くと途端に重大な事案に思えるのが不思議だ。
「最初の目標は「街の人に覚えてもらうこと」で、序盤の目標は「次の街を開放すること」――になってるんだと思います」
「荷が重いな。最初の目標の方が難しそうなんだけど」
「人それぞれですね。そうだ、私からのお話をしてもいいですか?」
「え? 何の話だっけ」
衣装です、と彼女はいちばん語らせてはダメそうなことを語り出した。
「初期配布のフィルムは性能が固定されてて、それも低いんです。新しい服を着ましょう、ね?」
「目がガチすぎて怖いよ」
正直、姉のそれよりも重度な気がする。
「出品されていた「LATS」のブレイブを見たんですけど……装備セット、もちろんフィルムも反映されるんです! 何が言いたいか、分かりますよね?」
「まあ、うん……」
防具はてきとうなのでいいとして、ライヴギアの組み換えとフィルムの着替えを同時にやれば「装備の切り替え」が見た目にも反映される。その場に適した能力がより大きく上がり、さらに強くなるという寸法だ。どんな形であれ、強さを目指すなら絶対に取り入れるべき要素だし、これを逃す手はない――が、彼女がやりたいのは着せ替えだろう。
「和服がいいですよね。おっぱいが大きいと和服が合わないって言われますけど、ゲームだとそういうことないので。褐色に和服ってすごくいいと思います」
「ありがとう。でも、フィルムって売ってるのか?」
「ドロップ品もありますよ。高額ですけど、三着くらいなら」
「お金持ちだなぁ……」
そこは「二人分足したら」みたいなことを言うのかと思ったのだが、かなりのぜいたくができる金額を持っているらしい。トップ層がどれだけの富豪なのか、想像もつかなかった。
「というわけで行きましょう、マーケット!」
「おー……?」
うっきうきの痴女に連れられてマーケットに入り、試着ができるブースに入ってあれこれと装備を見た。不完全遺物もすでにいくつか出品されていたが、どれも「本来の機能を発揮できない」と書かれていたので、買うのはやめにした。かなりカッコいい武器なんかもあるのだが、修復前提の微妙な性能らしかったので、これもなしだ。
「ミニ丈の浴衣がいいですね。正直、ちょっと動きづらそうなので」
「わりと着崩してて、申し訳ないなとは思ってるよ」
「そうですよ。戦えてるのはいいですけど、着こなし大事!」
「いやほんとごめん……」
ステータスさえあればバク転だろうがきりもみ回転だろうができるが、服装に関しては「絶対こうはならない」と定められている範囲外に出ない、というだけだ。たとえば「めくれてもパンツが見えないスカート」があった場合、さかさまに墜落しているときでもショートパンツみたいに隠れる。和服だからと太ももまでは出ないし、胸元がはだけることもないが、ちゃんと知っている人からするとやはりみっともないらしい。
「いい感じの、ありましたよ」
「おっ、確かに。戦いやすそうだし、下もふつうにスカートっぽいし……」
これならと思って試着してみると、お尻にぎゅむっと違和感が生まれた。
「ちょっと待った、これインナーがふんどしっぽい」
「いいじゃないですか、和装で」
「うーん……??」
「痛みとかはないと思いますし、リアルよりはるかにいろいろ着られますよ?」
ガチ勢すぎる意見が飛んできてしまったので、ちょっとジャンプしたり二歩、三歩と歩いてみる。ケツがこんなことになってたら痛いだろ、と思っていたのだが、思ったよりもそういう感覚はなくて、単に違和感があるだけだった。試しにと思って〈一刀隼風〉を発動してみたが、問題はなさそうだ。
「デザイン違いがもうひとつありますけど」
「鳳凰モチーフ? ちょっと豪華すぎないかな……?」
「これがミニ丈なの、なんかちょっと」
「だよな」
いちおう着てみたが、夏っぽい花を描いたものと比べると、俺自身に格が足りない気がした。往年の演歌歌手でもいれば似合いそうだが、足が見えているのでそれもちょっと違う気がする。ちなみにこっちもふんどしだった。
「運営がフェチなのかな」
「こういうのを自動生成するAIが、学習失敗したとか……」
果てしなくバカな会話をしながら、俺は新しいフィルムを購入した。儲けは半分くらい吹っ飛んだが、もともとあぶく銭だから、気にする必要もないだろう。
「ではでは、二人で狩りに行きましょう。体になじませておかないと」
「そうだな。新装備が手に入ったら、お披露目しないと」
そのままの流れで、俺たちはシュウイ平原に出た。
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