27話
絵だらけの倉庫は、案外早く見つかった。いったい何に通じているのか、入り口には地下への階段もある。壁面にはびっしりと絵が描かれていて、風景画と抽象画、絵巻風の絵が隣り合ったシュールな状態になっている。
「あら、ザクロさん?」
「ピュリィ? どうしてここに?」
「そちらは……ライヴギアの部品ですね、私はフィルムの染色のためです」
「ああ、そういう……」
完全に痴女にしか見えない、服のインナーらしき競泳水着みたいなものが、黒から白に変わった。ところどころに配された赤と白のラインも、青と金色に変わる。いまさらながら、どう考えても水着ではないことを確信した。
「このゲーム、まず人間としての地盤固めをやらないといけないんです。
「へぇ、そういう理由があったのか」
服とはまったく違った、しごく真っ当な言葉がつらつら出てきた。
「交渉次第では、新しいアイテムが出てきたり、ライヴギアの部品も新造されたりするんです! 素材はかなり必要になりますけど、幅が広がるのはいいことですから」
「確かに。部品を仕入れられるの、ありがたいもんな」
ベータテストのときから通っているらしいピュリィに案内されながら、芸術品とその素材・原料らしきものが並んだ場所へ入っていく。独特のきつい匂いや薬品臭、かと思えばやわらかな木の香りまで漂っていて、鼻がマーブル模様になりそうだった。
「カオスだなぁ……いちおうSFジャンルなんだよな?」
「惑星の地表にあるものなんて、そう変わらないんじゃないですか?」
いろいろな色をした木材が材木置き場のように積まれ、石材店の見本みたいなものも並んでいて、棒状のインゴットは鉄琴のように配置されていた。そのほかモンスターの素材らしきいろいろなサンプルが小さく切って置いたり吊るしたりされており、そちらもまた妙な臭いを発している。入ってすぐのところにあった染料ほどではないが、こちらの方がより人を選びそうだ。
宇宙っぽいものやサイバーテックめいた意匠を期待していたのだが、そういうものを取り入れる芸術はこちらでは未発達らしい。宇宙船の廃材アートみたいなものもあるかも、なんて考えていたが、こっちの空想が無茶ぶりすぎたようだ。
「どうします?」
「どうって、何が」
「紙を扱っている人は、今は出払っているみたいで……私は色と刻印の研究をしている人に会いに行くんですけど」
「漠然と見てるのもなんだし、ついていくよ」
アイテムを見ると「?」マークのアイコンが浮かび、それをタップするか凝視することで情報が開く。最初からある仕組みだが、こうもアイテムが多いとどれを見たらいいものだか分からなくなりそうだった。
「なんとなくで要求されたものを揃えてるだけだから、色には詳しくなくてさ」
「あら。それなら、ここで深めておいた方がよさそうですね」
「うん。それに、絵と染料を見に来たから、目利きも知りたいんだ」
「絵の目利きですか……アイテムの性能に、揺らぎがあるんでしょうか」
「そこをぜひ知りたい。同じ効果の絵もあるかもしれないし」
話しながら少しずつ歩き、ふわふわと揺れる亜麻色の髪に続く。
扉を開けたピュリィが内側に声をかけると、廊下の突き当たりに近い部屋から声だけが聞こえてきた。
「きみ! 芸術とは何か、答えたまえ!」
「えっ、何……って、感動?」
「違うっ!! だがよし、入れ!」
「なんだそりゃ……」
開いていた扉の内側を見ると、ふつうの灯りと書斎めいた部屋の半分、そして手術室のようなもう半分が見えた。
「入ってこいと言っているんだがねっ。ほら、きみに芸術の何たるかを教えよう」
「あ、どうも……ちっこい」
百五十センチ後半くらいだった俺の身長と比べても、その少女は小さかった。大学教授みたいな印象を受ける表情なのに、せいぜい小学生になったかどうかというくらいの背丈で、絵の具で汚れたツナギを着ている。
「有言実行だ、まず伝える。芸術とは、「認識すること」! であるっ!」
「……じゃあ、今言った「ちっこい」も?」
「事実と付加価値は違う。メテラ硬貨が持つ物質的性質と、商業連合により保証された価値は別だ。バベル鋼であることと百メテラであることは、必ずしも一致しない」
「んー……と、コインの価値を分かること?」
ピュリィは部屋のすみっこにある椅子に腰かけ、苦笑しながら会話を聞いている。
「そう、認識による付加価値、これこそが芸術なのだっ! 不快や恐怖を与える芸術もある、感動というキーワードも客層によっては必要だがね。だが本質的な芸術とは、我々が残す作品にのみ宿るものではないのだ」
燃えるような光沢を帯びた金髪を揺らし、幼女は力説する。
「心を打つ美しさ――そして機能性、持続可能性。完璧を求めるわけではない、だが近いものを見つけることができた」
分かるかねっ、とツナギの金髪幼女は詰め寄る。言っていることから察するに、ものすごく耐久性があって、しかも形も機能も洗練されている物体のようだ。何十年ではなく、千年単位で形が残るような道具――そう考えたとき、ぱっと浮かぶものがあった。
「石器!」
「ふむ!! きみはなかなかいい感性をしているなっ。私が用意していた答えは……ピュリィ、出したまえ」
「やっとですか」
「っ、ライヴギア……!」
骨の双頭蛇のようなものを出して、ピュリィは微笑む。
ふふんと笑い、とんでもないことを言いながら、幼女は胸を張った。
「サナリ、それが私の名前だっ。この体は「アクロス・プログラム」を解析した結果として得た、最高の研究成果だ!」
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