26話
ログインすると、昨日のドボンという不審者からメールが届いていた。
「四万!? けっこうすごい値段で売れたんだな……」
競売形式でアイテムを売ると高くなりやすい、とは言っていたのだが、あのバリアを張るだけのブレイブは五万メテラで売れたようだった。今日はサービス開始から二日目、時間的には三十時間をちょっと超えたかどうかくらいなのに、すでにそんな金額を稼いでいる人がいる。キッチンカーの人のように、お金や換金アイテムを引き継いだ人もいるのかもしれない。
「そういえば、宿じゃなかったっけ……」
宿屋を引き払ってしまったので、スタート地点の噴水にいた。買い込んでおいた札を加工して〈符術〉のレベルを上げると、新しいスキルが生えてきた。
「〈
紙を貼り合わせて作る呪物、と書かれているのだが、絵語と被覆が必要らしい。効果だけ見ると強そうだが、これはどちらかというと課金者向けの内容だった。〈符術〉での攻撃はひとつしか出てきていないので、「セットした特技をスロットの数だけ連続で発動できる」なんて効果も、宝の持ち腐れだ。もうちょっと別の効果があれば使えるかもしれないのだが、そこまで大したこともない。
最初に「仕損粗紙」を買ったお店に行くと、オヤジさんが「おう!」と出迎えてくれた。かごに入れた紙はわりかし売れているようで、ほくほく顔である。
「嬢ちゃんのおかげで、けっこうこいつもいい金になってるぜ。新しい紙も仕入れたんだが、どうだいこりゃあ」
「えーっと。「
「どうした、歯切れが悪ぃな」
「悪くはない、と思います」
おそらく「割鉈の型」でも使える、量販品の紙だ。簡単に言うとコピー用紙で、「とにかく大量に使うシチュエーションに最適」みたいなことが書かれている。五百枚セットで百メテラなのでかなり安いとは思うのだが、どうやらこれも課金者向けのようだった。ゾードが言った、PKが使っていた〈十精の型〉の被覆はこれだろう。
「うーん、お気に召さねぇか。古臭ぇものの方が好きなのかい」
「そういうわけでは……」
「ま、新しい紙に刷ったからって価値が上がるわけじゃあねえやな。誰か使うかと思って、ただで引き取ってきた絵があるんだ」
「絵ですか」
辛気臭ぇやつさ、とオヤジさんは気が滅入るような色の絵を戸棚から引っ張り出した。
「ずいぶん昔に書かれた絵の模造品なんだが、色が暗いテーマが暗い、今のご時世はこんなもんが売れるほど暗かぁねえんでな。開拓に調査にと、明日に明日に進まにゃならん。明るい絵の方が売れるのさ」
「使ってもいいですか?」
暗に何を言いたいのか察したようで、オヤジさんは苦笑する。
「芸術が必要な世の中じゃねえ、テーマも避けられるってんで、誰も買わねえんだ。俺もどっちかと言やあ実用を重んずる方だ、やっちまうといい」
「言い値で」
「絵の具のせいで焚き付けにもならねぇんだ、十メテラでいい」
「はい。あ、やっぱり「大数増刷」もください」
現地の人からすると本当にゴミだったようで、単なる街灯の絵は異様なくらい安く手に入った。見れば見るほど不気味だし、これを飾ろうとするのは場末のスナックくらいのものだろう。ただし、効果はとんでもなく強い。
「これを、こうして……」
術を込めた札と、たった今買った「
「えーっと……? やっぱり、戦闘時以外は使わないか」
「それもライヴギアってやつかい」
「これは〈符術〉です。おじさんにも使えると思いますよ」
「嫌だね、そんな気味悪い術なんざ」
オヤジさんは、実体のある武器の方が信頼できるようだった。
「今後のために聞いときたいんだが、嬢ちゃんはどんな紙を買うんだ? ザビロのとこでもかなり買ってるって話だが」
「あの人、ザビロさんって言うんですね。あなたは……」
思いがけずサンドバッグさん(仮)の名前が分かったところで、筋骨隆々のおっさんも腕を組んで名乗った。
「俺はダモフだ。ごひいきに頼むぜ、よろしくな」
「こちらこそ。私は、そうですね……「大数増刷」も買いますけど、絵と染料が欲しいなと思ってまして。お店を紹介していただけるだけでも、ありがたいです」
確かにな、とダモフさんは眉をひん曲げた。
「ここは売れ筋を仕入れて売るってだけの雑貨屋だからなあ。問屋つながりでザビロのことも知ってたが、ちと品数が足りねぇのもそうだな……ゴミも買ってくとなると、カモにならねぇか心配だが」
「性能は見てますので、心配ありません」
「好事家とバカしか近寄らねぇ「アトリエ・ちゃんぽら」……って名前の倉庫がある。術師やら芸術家も出入りしてるんで、目利きの相談もできるはずだぜ。俺の紹介じゃあ心もとないから、ザビロの店で聞いたって言うといい」
絵まみれの場所だぜ、と言って送り出してくれたダモフさんは、なんだか不安そうな顔をしていた。
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