25話

 音楽を聴いているらしい女性やものすごく居心地が悪そうな青年の前を通り過ぎて、レストラン街を歩く。お昼時よりすこし早いせいか、ベンチも待ち椅子もさして埋まっていなかった。あんまりガッツリ系のメニューは選べないな、と考えていると姉が「お、ここ美味しそう」とテンション高めに言う。


「パスタにしようよ、量とか種類とかちょうどいいし!」

「おっ、いいな。二人は何かないか?」

「ん、それでいいと思う」

「そうね、分け合いっこもできるし」


 話はスムーズに決まり、みんなでパスタを食べることになった。父さんは野菜がいっぱい入ったトマト系で母さんはオイル系、姉はクリーム系で俺は海鮮を選んだ。


「見事に違うな。こういうとき、人数が多いと楽しいんだ」

「そうねぇ。わたしのぶんの野菜も、ちょっと分けてあげるわ」


 うんうん、と父さんは楽しそうにうなずいている。昔からおとなしくて草食系だったらしくて、食べ物もほんとうに野菜が好きだ。とくに、トマト系のパスタとか煮込み料理に入っているナスは大好物だった。いつだったか分けてもらって食べたことがあるが、隣にあったズッキーニが未知の食感すぎて、今でも食べるのをためらうようになってしまった。そういう理由で、ナスは家族みんながよく食べる野菜だ。ズッキーニも克服したので、俺は人よりも好き嫌いが少ない、と自負している。


「父さん、仕事はどう?」

「まあまあだよ。お抱えに『ナギノクイント』の配信もやってもらってるし、増員してもいいって話になってる。何人か破談になってるから、カリナがやってもいいんだぞ」

「えー……俺って企業勢ってほど人気になれるかな?」

「スーパープレイならワンチャン……だな。PKアリのゲームばっかりやってるから、雑談はそこまで期待できん」


 ものすごくズバッと言われて、確かにそうだなぁ、と思った。人同士で戦うゲームばかりやっていると、どうしても言動が荒れてくるらしいと聞いている。今やっている『ナギノクイント』でも、すでに何人も倒しているので、マズい方向に傾いているのかもしれない。


「個人勢としてやるのもいいし、伸びてきたらこっちから声をかけるかもしれない。何をやるか、どういうキャラかってのが固まらないと、どうにもならんがな」

「一ミリも考えてなかったし、ハードル高いね……」


 そうこうしているうちに全員分の料理が来て、俺たち以外のお客さんも何人も入ってきた。さっき見た青年は俺たちとほぼ同じ家族構成で、どうやら妹がいるようだった。居心地はちっとも良くないようで、なんだか縮こまっている。


「どうした」

「あ、ううん。なんでもない」


 他人は他人だし、見知った顔でもない。もしかしたら俺たちと同じ・・・・・・かもしれない、と一瞬だけ思ったが、忘れてしまうことにした。




 料理を楽しみ、分け合ったりいろんなことを話したりする時間も楽しんで、お買い物は終わった。けっこうな金額を使ったはずなのに、父さんも母さんも声が弾んでいて、とても楽しそうだった。


「いやあ、旨かったな。また行くか」

「そうね、またいろいろ試してみましょう」


 ラブコメみたいな恋愛したのよね、と母さんから聞いていた。プロゲーマーの社会的地位は、今も昔もそこまで高くはない。海外だと有名なスポーツの選手、くらいだろうか。注目している人もいて、スポンサーもついているけれど、だからと誰もが知っているわけではない。どうやって結婚したのかは、あまりよく知らなかった。


「どしたの、カリナ」

「ん、別に……」


 ほっぺをつんとつついて、姉は首をかしげている。


「楽しいこと考えようぜー。いろいろ変わって、戸惑ってるかもしれないけど」

「うん……」


 俺は何も問題ないはずなのに、さっきわずかに見ただけのあの家族……というより、青年の様子が気になっていた。家族が急に性徴顕化して、居心地が悪いのかもしれない――なんて、はたから見た俺が勝手に考えているだけだ。家族を待っていた理由だとか、どこか家族によそよそしい様子だった理由も、俺が思いつく以外にいくらでもあるはずだ。


「ふつうの家族ってさ、こういうことがあったとき、どうするんだろう」

「おかしなこと言うな……俺たちはふつうじゃないのか」

「や、えっと。そうなんだけど」

「きっとね、誰だって同じふうにすると思うわ」


 母さんが、ぽつりと言った。


「子供ってぐんぐん育つし、どんどん変わっていくの。バスケ始めた子が自分より大きくなったり、お化粧覚えた女の子が恋人連れてきたり。子供って、大人がちっとも考えてなかったような変化を遂げていくものなの」


 ミラー越しに見ている眉が、すこし下がる。


「止めるとか矯正するとか治すとか、そういうおかしなことじゃないものね。成人式みたいにお祝いしたっていいくらいだって思ってるわ」

「まあ、なんだ。「こうでなきゃあいけない」だの、「こうなっちゃダメだ」だの、そういうことを思うやつも、もしかしたらいるかもしれんが……。少なくとも、俺たちはそんなこと思わないさ」


 少しだけ違うようなことを言いつつ、二人は悲しげに微笑んでいた。


「乳児死亡率って言うのかな、昔はもっとひどくてな。子供がどうなるかなんて、親に分かるわけない時代もあった。逆戻りしたのかもしれんな」


 なんとなく切れた話題がそのままになって、車は家に向かっていった。

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