24話

 採寸が終わってすぐに、近くにあるデパートに向かった。買い物にも行くし遊びにも行く、何をするにもちょうどいい場所だ。何か探すときにはまずここに行って、なかったらもうちょっと都会に行ってみる、くらいの立ち位置だった。


 車の中ではほとんどだんまりだった姉も、ここまで来ると意気揚々としていた。


「ぐふふ、楽しみー。カリナがちゃんとかわいくなるか、楽しみにしとくね?」

「がんばる……」


 今までいろんなものを買ったし、ずっと見慣れた場所だったのに、今日また新しいことをする。言葉にすると不思議なことなのに、単なる事実である――ということが、なんだかとても新鮮だった。いつになっても新しいことはあるはずなのに、こうもすべてが新しく見えるなんて、本当に何もかもが変わったんだな、と実感する。


 冠婚葬祭ではない、新しい人生の節目。現れ始めて五十年が経った今でも、受け入れられるかどうかは人それぞれだという性徴顕化は、俺にとってはうきうきする心地よい時間の始まりらしかった。


 服飾のフロアに降りていって、婦人服売り場の一角に進んでいくと、姉が「あ、いたー」と手を振る。


「エナ、ちょっとぶり。その子が妹?」

「そうそう、カリナ。制服の採寸終わったし連続になっちゃうけど、測ってあげてー」

「えっと、よろ」

「分かったわ、手早く済ませる」


 外面をさらっと見る余裕もなく、手早く連れ込まれて服越しにスリーサイズを計測される。バストはさっきも言われたが、すべてをきっちり数字で言われると、ものすごく変な感覚だった。


「そう、バスト82でFカップ……けっこう骨格は細いのに、鳩胸ね」

「TSっ娘はそりゃもうごっくんボディですからなー。フィクションだった時代からの伝統みたい」


 急激な体の変化がただの願望だった時代から、「変化した後はとても魅力的な肉体である」という認識は同じらしい。いろいろと学説は唱えられているけれど、結局は謎のままだ。中学生に分かることなんてほとんどなくて、これまで興味もなかった姉も両親も、いろいろ調べたところであまり理解できないようだった。


「サイズから選ぶ、のもいいけど。まずはお気に入りの見た目を探してみて。かなり取り揃えてるつもりだけど、そっちの方が大事」

「さっすがむっちゃん、できる女! ってわけだからカリナ、がんばれ」


 あたしは他のもの見とくからー、と出ていった姉は、どうやら母さんと合流して何か話しているようだった。


「え、えっと……??」

「好きなものはある? 場所でもいい。そういうのから広げて、何かよさそうなものを考えてみて。歩き回って、見てみるだけでも」


 広すぎて、空か海かというくらい漠然とした言葉だった。初めてのことで困惑しているのが伝わったのか、売り場のお姉さんは隣に来ていっしょに歩いてくれた。


「私は、木々のさざめきとか、一面の花畑が好き。海鳴りも好き。今日の気分を身に着けられるお手伝いができるから、この仕事も好き」

「向いてるお仕事なんですね」

「思ってたよりは。エナは、「あの子はゲーム好きだ」って言ってたけど。サイバーとかはさすがにないから」

「それは選ばないですよ!?」


 ゲーミング発光するインナーなんて誰も求めていないと思う。


「なんか、ふつうの……?」

「平均値……売れ行きのランキング? それだと、こういうやつ」


 まだ変化が終わっていなかったときに身に着けていた、伸び縮みする楽なやつだった。年齢を問わず売れていて、とても人気なのだそうだ。


「シルエットが魅力的に見えるし、どんな季節でも問題ない。自信を持っておすすめできるいい商品だけど。今のあなたが選んだら、エナはがっかりするよ」

「そ、れは……たしかに」


 姉の「あたしが見たい」という言葉を思い出す。どんなものを選んでも歓迎するとか、急場しのぎでなんとかすればいいとか、そういう言われ方ではない。姉は、俺が今すべきこの選択にものすごく期待している。初めてのそのときからすぐにやってきた、もう一度目の「カリナとしての選択」が試されているのだ。


「色は、えっと……青っぽい色で」

「うん。それがいいと思う」


 性徴顕化した女性は、だいたい白か青系統を選ぶそうだ。もう一度染め直すため、もしくは冷静さのため――保つであれ取り戻すであれ、その色は広く受け入れられている。その人がそれ以前に自認していた性別がどちらだったとしても、統計的にはそうなるらしい。


 データを知っていたのか、それとも多くのお客さんを見てきたからか、姉と親しい六月さんは微笑んでいた。


「戻ったぞぅー。なんか選べた? 固まってる?」

「ちょっといい感じ。いっしょに選んであげて」


 母さんは紙袋を持っていて、荷物持ちに徹しているようだった。


「あれなに」

「スパッツとか靴下とか」

「靴下は薄くなってたけど、……」

「高校生の男子をなめちゃいけないぜー、おとなしそうでも危ないやついるし」


 そんなことを言いながらも、姉はわりかし過激な下着を手に取っていた。


「どーよ、えっちぃやつ」

「まだまだ遠いと思うけど」

「ばちっと決めるときあるでしょ? 一枚くらいさー」

「どう思いますこの姉」


 肩をすくめて、六月さんはお会計を済ませてくれた。


「いつでも来て。体形が変わったとか、もっと好きなものを見つけたくなったときに」

「はい。近場だから、いつか寄ります」


 手を振って、俺たちは売り場を後にした。

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