21話

 舞台が自然と下がり地面と融合して、もとの高さに戻っていった。


「思ったよりも簡単に倒せましたね? ザクロさんでしたっけ」

「はい。あなたは」


 骨の竜を従えた少女は「ピュリィです」とささっと歩み寄ってきた。錫児さんから素早く離れたように見えるのは、たぶん気のせい……ではなさそうだ。デフォルトのフィルムであるぴっちりスーツではなくて、より発展させたような競泳水着とミニ丈のイヴニング風外套みたいなものを着ている。年齢がもうちょっと上……でなくても、完全に痴女だ。


「わたくしとフレンドになりませんか? ソロでもお強い方を探していたんです」

「僕も強いんだけど」

「あなたにはえっちさを感じませんので」

「僕は乳首も露出しているのに……」


 言ってはだめそうなことを言い続けている会話を手で黙らせて、ピュリィに向き直る。


「いいですよ」

「やった! 登録、と」


 飛んできた申請を受けて、ちょっと悲しそうな顔をしている(?)錫児さんにも目を向けてみる。


「いいのかい? 火力は出せるが、変態だよ」

「思ったより常識ありそうですし……」


 こっちからフレンド申請を飛ばしてみると、すぐに受けてもらえた。周りにヤバい人ばかり増えているような気もするが、見た目よりはまともそうにも思える。本当に危険だったら、周りで見ている人も止めてくれるだろう。


「リザルトはどこで見る? モンスターは戻って来つつあるようだけど」

「いったん街に行きましょう。あまり稼ぎにはならないようですから」


 びっくりするほど効率優先のセリフを吐きながら、ピュリィは歩き出した。着流しの俺とほぼ全裸の錫児さんが続き、俺たちは街に戻る。どこか凱旋めいた雰囲気を感じながら、門をくぐった。




 ベンチに並んで座って、……錫児さんからはちょっと距離を取りつつ、話していた。


「ブレイブ、もう二個も取ったんですね? ボスレアなんて一週間は粘るのに」

「そうだよね。けっこう驚いてる」


 口調を取り繕っていたのが剥がれてきて、素に近くなってきていた。


「今回のボス、どうやら生産を始めてもらうためのきっかけ作りだったようだね。初級だが、武器の基材がたくさん落ちてる」

「ゾードさんはもう持ってましたけど」


 PvP勢なら当然だよ、と錫児さんは笑う。


「当然だけど、装備補正は装備の数だけ増える。絶対的に性能が違ってくるから、装備枠は何かしらで埋めておいた方がいいよ」

「店売り品でも……いや、やっぱりドロップで」

「ま、別にいいんじゃないかな。店売り厳選は地獄だし」

「ランクの見かたはボスと同じです。わかりますか?」

「うん。大丈夫」


 うなずいて、解放された「武具生産」についての項目を見た。


 世界観上、志願者ソルドにライヴギアとフィルムが配布される理由は、「それ以上のリソースを割けないから」であるようだった。けれど、この武具の説明を見る限り、「実体のある装備を人数分揃える余裕がない」というあたりも加わってきそうだ。


 何かに使えそうなかけらを集め、鉱石を精製したインゴットと混ぜて成形することで武具ができる――そのかけらが何だったのかはともかく、遺跡や遺構に眠るものでもない限り、まともな形が残っている武具はないらしい。今回の「壊れた剣をぶん投げる」というボスの行動で、あのあたりには明確に用途の分かるかけらがばら撒かれた。あとはそれを再生して武具にすれば、志願者ソルドが使える装備のできあがり、というわけだ。


「どうだろう、不完全遺物を入手した人はいるのかな……? 今日はマーケットが騒がしくなりそうだな。ブレイブは使うのかい?」

「上位互換が出るまで、ずっと使えそうですよ、これ」



[ブレイブ:LATS

ロストエイジ・サウザンドショーグンの心が結晶化した宝石。装備セットを切り替えることで、全ての基礎ステータスが10%上昇する。(45秒、重複なし)

先史時代を生きた武人の記録が内包されている。]



 ブレイブ自体は強化もしなくていいし、枠が三つもある。バリア発生という効果を持つ「LA2」も弱くはないのだが、俺の戦闘スタイルとはまったく噛み合わないし、ステータス補正が一切ない。しばらくはこれひとつでやっていくことになりそうだった。


「思ったより装備枠埋めてないのに、どうしてそんなに戦えてるんですか?」

「回避型なら受けないし……弱点狙いで早めに撃破してるから」

「あ、なるほどー。耐久値のこと考えに考えて、逆方向に飛び出したんですね」

「察しいいなぁ」


 テスター組は複数種類扱った前提で話をしている。ベータテストをやったことがあるかないか、見分けるのに使えそうだった。


「紙は基本サモナータイプなので、あなたのやり方、すごく気になります。これからも注目させてもらいますね」

「うん。いろいろやってみる、楽しいし」


 話がひと段落ついたところで、俺は立ち上がって買い物に出た。


 サンドバッグさん(仮)のところに行ってさんざん浪費した結界テープを買い込み、マーケットで「ブレイブ:LA2」を出品――しようと思ったところに、ゾードを倒したとき見かけた商人プレイヤーが出てきた。


「のぞきをするようで失礼、それ高く売りたいってお考えじゃあない?」

「プレイヤー同士で取引すれば、けっこう高くなるんじゃ……」

「イエスだがノーかな、相場は見ていらっしゃる?」

「いえ、全然」


 申し遅れましたがドボンです、と胡散臭いサングラスの男は言った。


「ブレイブを入手した人は少ない、買いたい人は多い。なら高くなって当然……、しかしそれ以上にお金が動く方法があってねェ。どうだろうか、オークション形式の方を利用してみては?」

「人がいないと成り立たないんじゃ……?」


 いやいやいますともォ、と不気味な微笑みの角度が増した。


「高ランクのフィールドボスが倒されて、戦利品を整理したい人であふれているわけだから。初心者からテスター勢まで、数万単位が飛び交ってるわけで」

「それで……」

「こちらに預けてもらえれば、売れ次第売り上げを郵送するって手筈で。当然マージンは少しばかり、だけれども……強い人の売ろうとしているものなら、利益の方が大きいだろうね」

「何割くらい取ります?」


 ややトゲのある言い方をしてみたが、「二割かな」と笑みを崩さない。


「じっさい、ザクロさんだったか……あんたとコネを持っといて損することはないよね。俺は“損する選択肢”は提示しない。損をさせたら責任を取る。そうやって信用を勝ち取る。どうだろう、儲け話に乗る?」

「スクショ添えて、とかお願いできますか?」

「いいね、これから採用してみようかな。それじゃあ」

「取引成立、ってことで」


 怪しさ全開の男にアイテムを渡して、俺はマーケットを出た。

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