22話

 レベルが上がっていろいろな機能が解放されていたが、その中でも「アイテム名鑑」はかなりありがたいものだった。ライヴギアの部品については、現在解放されているものだけだったり、セットについては書かれていなかったりとガバガバだったが……武具の情報が書いてあるのは大きい。


「目指すとしたら、幽璃シリーズの防具なのかな……? 回避特技追加は嬉しいし」


 このゲームでは、見た目は「フィルム」に依存している。防具は数値上存在するだけの非物質で、アイテムとしての姿はカードになっているようだ。じっさいの物理的な防御力がないものに何ができるのかと言えば、データ上のキャパシティーの増設……ステータス補正と特技スロットの追加である。着せ替えを楽しむゲームに実質を求めるのも違う気がするが、ここの防具はそういうものだった。


 属性は厳選する必要があったり、付加効果がランダムだったりはするが……基礎的な性能を考えると、回避や速さの上がる「幽璃」を選ぶのが最適解だろう。壁役向けの巌雄やサモナー向けの伴鳴も、カタログスペックは強いが、俺に必要なものではなかった。


「不完全遺物……は、載ってないのか」


 話の流れで出てきた「そのまま使えるくらい保存状態のいい武器」は、どうやらかなりのレアものらしく、名鑑には掲載されていない。もしくは、実在するかどうか分からないものを「ここで手に入る」などと書くわけにはいかないからだろうか。


 かなりの数の鉱石を集めてインゴットにして、さらに防具になり得るかけらも集める必要がある。道のりは長いので、しばらくはドロップ品で乗り切った方がよさそうだ。弱いままで強敵を倒すことが楽しいのは確かなのだが、数値がインフレしがちなネトゲだと、本気でどうしようもない事態は訪れる。


「拾うのは簡単だけど、数が集まらないのか」


 ひとりごとでも言わないとやっていられないくらい、つるはしであちこちカンカン叩くだけの作業は退屈だった。お目当てのカザス石と明結晶は、別にレアアイテムではないのだが、ちょっと多めに取る必要がある。ダンジョンにいるモンスターを倒しても落ちるようだが、残念ながら俺は乱戦には向いていない。


「くっそー、〈符術〉がもうちょっと早めに上がってたらなぁ……」


 シュウイ平原の中でも、おかしな地殻変動があったのか、地層が地面に向けて開いていて露天掘りができるところがある。ひたすらつるはしを振るう音は、あちこちから聞こえ続けていた。ときおり当たりを掘り当てている人もいるようだが、具体的にどう当たりなのかはちょっと分からない。


 索敵のために〈遠目の術〉のお札を浮かべ、種類はともかく雑多なアイテムを集めまくって〈採取〉スキルの経験値を蓄積していく。どうやらアイテムと交換できるらしい「クインティア」というコインが当たり枠らしかった。


「あ、なるほど……レートは鬼だけど、課金アイテムの下位互換くらいはいけるのか」


 いろんなゲームで見かける、ゲーム内通貨というか交換ポイントだ。ちまちま貯めていけばちょっとは強いアイテムと交換できるので、そのうちに何かいいものを入手できるかもしれない。




 そんなことを考えていると、何かが聞こえてきた。


「ちょっと、おいやめ――」


 怒気を含んだ声と、爆発音。何が起きているのか、と音の聞こえた方向を見ると、五人のプレイヤーが歩いてきていた。


「〈遠目の術〉使ってたのはこいつっぽいっスね」「ほーん。着流しに褐色で灰色ポニテなら、あれがザクロっつーやつか」「無課金の星だっけ? 黙らせようぜ」「対多数戦には弱いんだろ、あの刀」「オッケー。んじゃ、展開な」


 野良PKは、どうやらゾード以外にもいたらしい。一人は紙を使っているが、それ以外は全員が機械のライヴギアだった。和服の模様のような鳥の式神が、いくつも舞い上がる。


「へぇ、これが〈十精の型〉ですか」

「知ってて使わないのはなんだ、バカか貧乏人っつーことかな?」


 イラッとくる言葉が飛んできたので、〈調弦の型〉で式神を消し飛ばした。慌てたように殺到する光線の群れも、〈啾々たる結び〉で受け止める。


「ちょっと待てよ、情報古かったのか!?」

「あの野郎、ウソこきやがって……!」


 誰かから情報を仕入れたのか、こちらのことは知らないようだった。LATS討伐戦に参加していたなら知っているはずなのだが、思ったよりも知らない人の方が多かったようだ。あの状況で見えるかと言われたら微妙だし、誰がやっているのか特定しろと言われても無理があるのは確かだ。事実、あれだけ目立つ錫児さんもその攻撃も、隣に立つまでほとんど目に入らなかった。


「何をしに来たんですか? ぜんぜん強くないみたいですけど」

「何かしらいいもの持ってるっつー話だったが……日を改めた方がいいかな、こりゃあ。威力偵察にしたって、ちょっと美味しくない」

「じゃあ斬ります」

「おいおいちょっと待てって、――」


 手に〈割鉈の型〉を握った俺に、敵は冗談を言う余裕を失くしたようだった。敵のやり口が分かっているなら、堂々と挑めばいいだけのことだ。


「パーティー同士の決闘申請を、五人で互い違いに繰り返して……誤操作で承諾させてるんですよね。さっきみたいに勝てばいいでしょう?」

「ナメてくれちゃってんねぇ、別にいいけどさ。ほら」


 飛んできた申請を右手で受けて、左手で発動した〈一刀隼風〉がリーダーの顔面を切断した。「利き手設定」がないVRゲームでの、対人テクニックのひとつだ。


「ぎゃばっ!!?」

「痛くもないのに」


 弱点へのクリティカル――ダメージエフェクトで見えないとはいえ、脳が輪切りになる切創は、敵を瞬殺するにはじゅうぶんだった。殺到する光線は、手元から出した結界テープの重ね貼りで受け止める。


「なんだよこいつ、チーターか!?」

「VRデバイスをクラッキングなんて、できるわけないじゃないですか」


 ライヴギアのパーツとして設定している紙も、いま使っていないセットのものはバッグに入っている。同時展開していない以上、紙はアイテムとして使える……「仕損粗紙」なんかは何にも使えないだろうけど、結界テープは通常の用途がある。


 前衛らしい男が切り付けてきた腕を切り飛ばし、〈四葬・無明鴉〉を胴体に叩きこむ。消滅する男をよそに、被覆が破損した。


「やったぞっ、刀が壊れた!」

「直りますよ」


 固いものを切ると武器が傷むのは常識だが、ライヴギアの〈クイックチェンジ〉にそんなものは通用しない。習得前ならともかく、こんなものは見せ技にすぎない。


「くそっ、逃げろ! 敗北判定だろうが、所持金全ロスよりはましだ!」

「ベットしたら支払わないと。ね?」


 べんと響いた紅弦が、早くはなかった足をさらに鈍らせる。いちにのさん、と斬られた首が飛ぶことはなく、ただ地面をスライディングしながら消えていく。


「ゾードさんに連絡しとくか……」


 出力ポイントが近いので、あの人を探すのに苦労はしないだろう。いい時間になったので、俺はログアウトすることにした。これがきっかけでさらなる大騒動に巻き込まれることになるとは、このときは思ってもみなかった。

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