13話
若草色の着流しは珍しいのか、周りの人々は俺に注目している。
ライヴギアのパーツはどこにあるのか、という問いについて、まともな回答は返ってこなかった。というのも、「現地にある資材でどうにかする」ことがライヴギアの基本的な設計思想なので、特別にこれというものはないのだそうだ。イカの言っていたプログラムどうこうは、一般人の知るところではないらしい。
紙のライヴギアでも、とくに重要なパーツは「絵語」と「色彩」のようだった。被覆はかなり自由が利くし、心材は絵語と性質が似ていればいいらしい。コンボ……ではなく「型」の基本は絵で、絵に合わせた色と敷き紙を用意すれば強くなる。ルールが分かれば、材料を用意するだけだ。
商店街っぽい場所で、絵画や画材を取り扱っているらしい店に入ると、突然声をかけられた。
「
「紙を、……探しています」
円筒形の服と円筒形の頭巾という、とんでもない服装の人が立っていた。いつの間に後ろに現れたのだろうか、サンドバッグを何倍にも膨れ上がらせたような、超巨大な男性だった。まるで漫画のデフォルメされたキャラのような姿である。
「紙。どのような」
「えっと、ライヴギアで使う……」
「私は、見たことない。どのように使う」
「これです、刀みたいに振るって」
電柱がぐにゃっと折れるように、男性は首をかしげた。
「紙は、弱い。どうしてそう使う」
「最初にこうだったので……?」
「あなた、紙を知らないか。私が知る紙、伝えるか?」
「いいんですか!?」
資材は確保しているので、しばらくはこの「割鉈の型」を使うつもりだったが、新しい型を知れるなら大歓迎だ。
「紙は、書き入れるもの。それは、ふたつある」
カウンターに移動した男性は、お札のような紙にさらさらと何かを書き入れた。
「私が知る術は“遠目の術”、もうひとつ、“空糸の術”。紙だけ使う人、ほとんどはそうする。違う人、ほかの術使う人」
「ほかの術……魔法使いとか?」
「そうも言う、術師。ライヴギアに同じことできるか、知らないけれど。お店に便利な術、教えてもらった」
「どういう術なんですか? ぜひ知りたいです」
慌てない、と男性はうなずく。
「“遠目の術”は、相手を写す術。遠くを見たり、敵の力を見たりできる。こうして、紙に目を書く。瞳に指を置いて、魔力を渡す」
スピーディーに実践しながら、目の書かれたお札ができあがった。
「電気がないところ、これでカメラする。とても便利」
「いいですね。私も作れますか?」
「自筆と、自分の魔力。必要」
「買います」
セット商品として筆と紙がまとめてあったので、すぐに買った。商売上手というより、本当にこれをまとめて買っていく人が多いのだろう。
「“空糸の術”は、簡単な結界。細めの紙つなげて、長くする」
図柄がプリントされた紙テープみたいなものが、そのまま売られていた。術というには俗っぽすぎる気もするけど、みんなが使えるように最適化されているなら、これでいいのだろう。五十メテラとかなり格安なので、そのまま買ってしまった。これを使った悪だくみも、すぐに浮かんできた……並んでいる絵画を見る。
「これって買えますか?」
「どれも、無名のレプリカ。とても安い」
「えーっと……それじゃあ、これをください」
「感謝」
絵語として使えるものは、見た瞬間にプロパティが表示される。俺の求めている性能に合致するそれは、監獄の門の絵だった。
「ひとつ、聞く。その絵はどう使う。どうなる」
「こうやって、こう……元にも戻せますよ」
いま使っている〈割鉈の型〉を工具セットに戻して、素材だけを取り出した。心材と色彩は取り出せないが、絵語と替えの被覆は物体として取り出せる。
「貴重な絵もある。買う言われたら、と思った」
「そのときは……価格交渉するか、レプリカで我慢するかします」
「感謝。真っ当な手段、良いこと」
「略奪なんてできませんよ、たぶん」
こういうVRMMOの店員や警備をしているNPCは、やたら強い。見た目に強い人も多いが、小さなクエストや単なる善意で特技やスキルをくれることもある……一般人ではなく、専門知識を持ったプロフェッショナルだ。小手先の術をきちんと修めている人は、だいたいそれ以外も強い。そもそも、ここまで風変わりな見た目の巨漢にケンカを吹っかけようなんて、誰も思わないだろうけど。
「っと、そろそろ夕方か」
手を振って見送ってくれたサンドバッグさん(仮)に会釈して、俺は安全にログアウトできる場所を探すことにした。野良PKができるゲームだと、ログアウトのときのわずかなラグに攻撃して死亡判定に追い込む、なんて裏技も開発されている。このゲームはそこまで世紀末ではなさそうだが、警戒は必要だ。
「野宿は確実にヤバいよなー。なんか身分あるっぽいし」
安宿っぽいところを見つけて入ると、やや薄暗いながらもしっかりしたところだった。
「素泊まりしかないけど、……なんだい、ソルドかい。じゃあいいね」
「はい」
法律で決められているので、料理や食事のシステムは当然のように搭載されている。とはいえ、それも内部で活動している時間が長ければの話だ。「出力」されなければその場に存在していない人間に対して、食事はいつにするだのと聞く必要はないだろう。
手渡された鍵を持って二階の部屋に引っ込み、ベッドで出力ポイントの更新をした。
「よし。できれば食事できるところも探しとくべきだったけど……まあ、いいや」
落ち着いて何かできる部屋があるだけでもありがたい。
拠点をひとつ手に入れたところで、俺はログアウトした。
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