11話

 す、と通り過ぎる。


 それは、どんなゲームでも起きうる現象だった。


「なるほど? 確かにやるなぁ」


 ゾードの脇腹に、一筋の深紅きずあとが刻まれていた。


 特技を撃つときの挙動は、ある程度決まっている。わずかに身を低くして、水平の跳躍と同時に横薙ぎに切り付ける――それが〈一刀隼風〉のモーションだ。移動を伴うそれは、緊急回避としても使えるし、溜め時間が少なければ腕を振るだけで終わる。ジャブ程度に使うにはちょうどいい、とても使い勝手のいい技だった。


「あの子、一撃入れたぞ!?」「ベータの終盤には本当に敵なしだったのに……!」「まあ待て、まだ初日だぜ。まぐれってこともある」「ああ、最初の方はわりかし負けてたっけ」


 狙いが逸れれば、あさっての方角にすっ飛んでいくこともある。動作アシストをきつめにしておけば免れる、VR以前のゲーム機から付きまとう問題点だが、こういう使い方もできるのだ。


「いいでしょう、刀も?」

「変態ビルドだろうが、使いこなしてるのは分かった」


 柄に付いていたグリップを握りこんだらしく、サイレンスがまた唸る。


「システム上のシナジーがある組み合わせだと、全体の形に名前が付くんだ。その形のときに使える特技もどんどん生えてくる」

「戦いながらでいいんですね……」


 そしてまた、ドルンとサイレンスが鳴った。


「カテゴリだと「解体工具」ってなってるチェーンソーは、クソ技しかねえ。パワーを溜めて切れ味が上がる〈シャープニング〉に、ちょっと強い〈ディバイダー〉って技くらいだ」


 かなり強いコンボに思えるが、補助技がいっさいないなら話は別だ。


「だが、制御装置をちっといじれば本体も強化できるんでな……機械の特性はそれだ。技の効果範囲を変えられる」

「ずっる……」

「ずるくねえよバカ、そういうデフォルト機能あんだろ? 使えよ」

「そうですね」


 言われてみればその通りだ。


「ま、チュートリアルが終わったとこで……カスタムしてねえんだから、それ以上なんにもできやしねえんだがなァ!」


 言ったことを即刻ひるがえして、ゾードは襲いかかってきた。反応がわずかに遅れたせいで、被覆がごっそり削れて消滅する。しかし、交換は一瞬だ。


「〈クイックチェンジ〉か! なかなか無茶してやがる」

「その方が楽しいですよ」


 スキルや特技の習得には条件があるらしい、ということはよく理解できた。前提になる武器の形や行動があれば、それを最適化したスキルが生えてくる。〈割鉈の型〉に刀らしい特技が付属しているのは、そういう理由だったようだ。


「紙くずみてぇな耐久度で、〈クイックチェンジ〉習得済みか……なかなか愉快なことしてやがんじゃねえか。ベータじゃあ終盤にしか見なかったがな」

「へぇ……」


 紙で刀を使っている人がいなかったのか、それとも別の形でライヴギアを使っていたのか。考えているところに飛んできた暗器らしきものを、反射的に切り裂く。


「間に合わせた!?」「なんでアレを切れるんだよ!」「あれって確か、先史時代の遺産だったよな? 初期状態で切れるなんて……」「バケモンかよ、あいつ!?」


 やたらと騒がしい。切ったものの強度はイカの鎖と大差なかったはずだが、そんなに切れないものなのだろうか。


「遺産にメンテしたのが、このゲームでいう「武器」なんだが……お前には必要ねえか」

「あとで聞きます。使うかもしれないし」


 そしてまた、サイレンスが鳴った。グリップを何度も続けて握ったせいか、音も灼熱もぐんぐん増していく。言葉もなく振るわれたその一撃を、〈紅葉落とし〉で横に流す。耐久値が半減したが、半減ならまだまだ問題ない。強引に切り返した、今度は特技らしい強烈な熱を帯びた斬撃を流す。


「刀で受けるなんざ、バカがやることだと思ってたんだがなァ! まともにやれるやつがいるなら、それもやり方だって覚えとくか」

「バカをやりたい年頃なものですから」


 最初から「自分のやりかた」以外は求めていない。どうしてもダメなら改めればいいし、そういう困難はまだ来ていなかった。初日から単純なスペック不足を嘆くほど、無茶は言わないつもりだ。


 大振りの一撃はかわしやすいし、思ったよりはやりやすい。これ以上に何もなければと思っていたところで、ゾードは〈サイレンス〉を変形させる。


「あっちで仕留められねぇなら、〈シャウト〉を使うまでだ」

「丸鋸……みっつ?」


 幅広の剣のようだった先ほどの〈サイレンス〉とは違い、〈シャウト〉と呼ばれたこちらの形はくし団子のような……正直に言ってしまうとバカみたいな見た目をしている。


「おいマジかよ、あれが出るなんて!」「残念だけど、もう勝てないな……」「たしかに動きはいいけど、〈シャウト〉使うほどか?」「大人げなさすぎでしょう、これは」


 さんざんに言われ通しのゾードは、グリップを握りこんでエネルギーを蓄積する。


「パーツさえ揃えりゃあ、全体の形はいくつか登録できる。こいつはどんなときでも役立つから、覚えといて損はねえな」

「これはありがたいですね」


 ギュオン、と音が絶叫にも聞こえるほど高まったそのとき、ゾードは〈シャウト〉を振るった。刀身にはめ込まれた丸鋸が、エネルギー体だけを分離して斬撃を飛ばす。ひとつめを体をひねってかわし、ふたつめは斬って消滅させる。


「驚いてねぇな」

「驚いてますよ。でも、切れましたから」


 倒せた敵はすべて弱かった、などというのは傲慢だろう。しかし、初見でもどうにかなるのは、強い方には分類されない。ケンタウルスはともかく、ワームはただひたすらに時間がかかっただけ、という印象だ。


 弾き返し、跳んで避け、動きの隙間に攻撃を差し込んで削る。飛んでくる斬輪を逸らして、本体による斬撃も叩きつけも流す。


「おいおい……! マジかよ!」

「慣らしておいてよかった」


 がら空きになった胴は、上から振り下ろす斬撃で強引に防がれる。横から合わせた〈一刀隼風〉がシャウトを吹き飛ばし、続けた〈四葬・無明鴉〉がゾードの胴体に四つの斬線を深く刻み込んだ。


「強ぇな、お前……最高だったぜ!」


 光の粒子にほどけていく男は、ビシッとサムズアップを決めた。


「す、すげぇ! 初期装備で勝ったのか、あの子!?」「いや、初期装備より弱いだろ……」「あのフィルム、防御性能終わってたよな?」「あのゾードに、あの装備で!」


 大歓声が上がり、俺はたくさんの人に囲まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る