10話
噴水前に転送されてきた俺は、習性のように被覆を取り換えた。
「くっそー、あの野郎マジか……」
よくよく考えてみれば防戦一方で、攻撃はほとんどできていなかった。刀の届く距離に近寄ることもできておらず、対策がそこそこに仕上がっていただけだった。
「誰とやってきたんだ?」
「え? っと、イカみたいなボスと……」
急に声をかけてきたのは、どっかり座ったガタイのいい男だった。小麦色の肌に角刈り、手に持っているのは剣とチェーンソーの合いの子のような武器。ごく自然な動きとあまり見ないカスタムを見ると、ベータテストからのプレイヤーだろうか。タンクトップとカーゴパンツも合わせて、災害支援に来た軍人のような印象だった。
「なんだよ、ビビりしかいねぇとこで人斬りがいるかなと思ったってのに……」
「対人専門の人ですか?」
「俺はゾード。女切るようなやつなら、遠慮なくやれそうだったんだがな」
「ザクロです。PKKでしたか……」
違ぇよ、と男は吐き捨てる。戦っていると胸の揺れもそれなりには感じるのだが、ただ座っていると自分の性別を意識することがあまりない。知ってか知らずか、相手は愚痴をこぼした。
「人をぶった切れりゃあ、なんでもいいんだよ。だが、ちっと暴れすぎちまってなあ……晒されたっぽいな、まず誰も勝てねぇってんでヒマしてる」
「それは、その」
自分が常識人であるなどとは思っていないが、この男はぶっ飛びすぎだ。ところ構わずケンカを吹っかけてはPKしまくるなんて、狂人のたぐいとしか思えない。
「そのカスみてぇな刀で、どっかのダンジョンまで行ってきたってぇなら……お前、もしかしてけっこう強ぇのか?」
「使えますよ、これ。負けましたけど」
初期武器をカスタムなしで使っているので、「割鉈の型」に大したスペックはない。しかし、壊れないうえに修理費も実質タダで、コストパフォーマンスは最強だ。何より、弱点にクリティカルを当てればいい、という発想は今後のすべての戦いに使える。出力ポイントの登録を怠っていたせいか、街のスタート地点まで戻されてしまったが、登録巡りはまたやればいい。
「課金前提の紙をこう使うのか……なかなか面白ぇやつだな」
「えっ、課金?」
「初日勢のくせにタイトルだけ見て突っ込んできたクチか? ガキみてーだが、スタートダッシュキャンペーンも買ってないのかまさか」
「今年で高校生だし、そんなに何千円も使えませんよ……」
経験値やドロップが増えるアイテム、それにそれぞれの武器の理想的なビルドを作り上げるパーツ、課金パックにはそういうものが入っているらしかった。機械のライヴギアなら無課金でもそれなり以上に強くなれるが、液体と紙は露骨なくらい弱くて、上位陣に並ぼうとするなら課金は必須なのだそうだ。
そもそもそんなことを考えていないこっちからすれば、何の話をしているんだろう、とでも言ったところだろうか。紙が弱いのは公式らしいが、だったらなんだという話だ。基礎は身に付いた、目標もできたと来れば、あとは積み重ねるだけだ。
「反骨精神ってやつか? いい目してやがる」
「ちょっと弱いくらいで負けたりしません」
「じゃあ
「いいですね。これがどこまで通用するか、試してみたかったんです」
強いカテゴリの強い人で、晒されるほどケンカを売りまくる自信のあるプレイヤー。初めての対人戦に挑むには、荷が勝ちすぎているように思える。だが、今日はサービス開始初日で、数時間で上げられるレベルもたかが知れている。相手が課金して強くなっているとしても、時間という絶対的な制約だけは外れない。
効率のいいレベル上げ、事前知識、運営側のひいきなどなど――どう考えても、勝てる理由よりも負ける理由の方が多い。
「おお、ギャラリーまで集まってきやがったか。どうするよ、俺は完全に
「問題ありません。こういうのも、ちょっと楽しそうですから」
アーミールックの男と、着流しの少女。噴水をベンチ代わりにしていた俺たちが立ち上がると、遠巻きに見ていた人たちが一気にざわめきだした。
「おい、あれゾードだろ? 助けなくていいのかよ……」「いや、あの顔。やるつもりらしいぜ」「あれって紙だよな。しかも初期状態のいちばん弱いやつ」「なんか取引でもしてんのかな? それともさ、あの子がクソ強いとか」「見た目からして趣味に走ってるくさいけど、リスポーンしてきたんだろ? イキるわりにそこまで、って感じだが」
漏れ聞こえてくる声の中には、的を射た意見もある。だが雑音だ、まぎれるようならないのと同じだろう。
白い敷石が美しく並ぶ噴水前、リスポーン地点とは反対側の大きな広場に、俺たちは向かい合って立った。この付近だけファンタジー世界のように見えるけど、道の先に見えるのは荒れ果てたサイバーパンクな砂っぽい土地なので、わざとらしさがすごい。
「いいステージだな、邪魔が入らねえのが最高だ」
「衛兵とか……来ないですね」
「
お互い、最初から出していたライヴギアを手に取った。
「お前、マジでそれでいいのか? どいつの自信作もぶち壊してきたんだぜ、俺の〈サイレンス〉は……」
「壊れませんよ、〈割鉈の型〉は」
ドルン、とチェーンソー剣〈サイレンス〉が唸る。どこか青白く清浄な輝きを帯びて見えた刃の部分が、燃えるように赤く染まった。単純な動力ではなく、巨大生物の心臓が動き出したかのような錯覚を覚える。
「さぁて……。こっちから、行くぞォッ!!」
男は、地面を蹴った。
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