9話
魔法陣が光ったかと思うと、ジャラジャラと鎖が飛び出てきた。体が覚えていた動きをそのまま繰り返し、俺はさっと鎖を切断する。あのワームの触手を切ったときとまったく同じだ。
初手から拘束してくるボスの攻撃は、そして鬼火のような青い炎へと続いた。顔のようなものがあるそれは、速度は遅いものの、空中でゆっくりと軌道を変えている。単なる攻撃魔法ではなく、さらにコストをかけた召喚魔法だと考えるべきだろう。
「悪いな、対処法はできあがってるんだ」
『ほう。拝見しようか』
ギリギリまで引き付けた鬼火ふたつを、特技を連発して消滅させる。精神体や魔法生物なら、魔法攻撃で倒すのがセオリーだが……ランタンでも火を消したらオッケー、なんて雑な事例を見た後だ。どう見えるどこを切ればいいかは、すでに身に付いていた。
そして、音もなく伸びてきた何かを切る。刀の耐久値がごっそり削られて、一度目の交換を行うことになった。不安定に明滅する照明の中では、攻撃の正体をはっきりと視認することができない。
『既知を以て未知を切り開く。ソルドの知る言葉のうちにも、似たものはあるだろう』
「親切だな。燃えてるようには見えないけど」
楽しそうな声に聞こえるが、笑うほどでもないといった印象だろうか。圧倒的にあちらが優勢だからこその余裕であって、戦いを楽しむほど健闘できているわけではないようだ。俺ひとりが楽しんでいるだけでは不公平だ――
するりするりとかわして、踊るように避け続ける。防御よりは回避やいなしが推奨されているらしいこのボスは、ちょうど俺の戦闘スタイルによく合っていた。逆に言えば、プレイヤースキルにある程度依存するということでもある。こんな段階で戦うには、かなりの腕前が必要になる……上級者向けのコンテンツまで手近なところに揃えてあるあたり、このゲームはかなり本気で作られているようだった。
イカの触手と鎖を切断したり避けたりして防ぎ、魔法攻撃は斬って消す。見える攻撃に対処するのは楽だが、いまだきちんと見えない謎の攻撃は、こちらのHPをかなり削っていた。そして、うまく防御したつもりでも、ほとんど意味をなさずに耐久値がガリガリ削られていく。
『針の穴を突くように戦うのだな。それでは長続きすまい』
「じゃあ続かせないとな」
見える速度ではなくても、反射的に体が動く。ステータスという指標が導入されていようが、だからと神経の伝達速度までもが鈍るわけではない。人間の形はどんなゲームでも変わらないし、脊髄反射はゲームだろうと起きる。
訓練を必要としない、本能レベルでの反射を「行動」に変える。VRゲームが生まれて数十年が経過した今でもなお、半分はオカルト扱いされている謎技術のひとつである。とはいえ、単なる素人の俺がこうやって実行できているのも事実だ。
えぐるような軌道で通ったそれを、ぞりんと刃を削られつつどうにか逸らす。
「ワイヤーか!」
『ご明察。さばけるかな?』
数ミリの太さしかないようだが、受ける重さと固さは、先ほどのケンタウルスを切り裂いた手ごたえよりもさらに重かった。微笑むような声が、そしてすべての攻撃を同時に繰り出す。
触手のジョイントを狙って切断し、鎖を集中させてまとめて断ち切り、鬼火とワイヤーを〈四葬・無明鴉〉で処理する。順序と速度を考えれば、タイミングごとの行動はすべて決まったようなものだ。
『すべて読んだか。そちらに渡せるものがないのが惜しい』
「情報は?」
『言っただろう、そちらの技術とは互換性があると』
「ドロップアイテムか……機械とか」
そう、とイカは苦々しげに言う。
『ここへ来たのはそちらが初めてだ。遺せるものがあれば渡してもよかったが……』
「そういうのはいいよ。忘れられるくらい、集中してくれ。させてやる」
『大きく出たな。純粋な戦いは、そう得られるものではないが?』
「機械のやり方じゃないからな、そっちのは」
イカが持っている攻撃手段は、どれも即死にはつながらない。組み合わせることで致命的な攻撃になるか、一撃すら受けられない敵を振るい落とすかの二択だろう。
合理的ではないし、機械的でもない――笑いながらこちらを試すような言動も、わざわざ気遣いをしようとするところも。
「なんかあるだろ? でもいい。忘れようぜ」
『面白い提案だ。あまりにも愚かであるゆえに、一周回って面白い』
ゴワッと吹き荒れる炎が、上半身だけの蒼炎の魔人を作り上げる。そして、ワイヤーが集まったかと思うとネットに変わった。
『だが、プログラム以前の兵器をあまり愚弄するものではない。そちらの命の礎となったこちらが、いったいどのように戦うか。ひとたびの損失を経て理解するのもいいだろう』
「マジかよ……!」
魔人の拳をざっと切り裂き、飛び散った炎で消滅した被覆を交換する。しかし、ネットを切り裂くことはできず、大きく弾き飛ばされた。その一瞬で被覆は破損し、交換必須のアナウンスが鳴り響いた。
『使命を帯びたこちらが魂を宿すうち、そちらがここへたどり着いたのなら。そのときはもう一度、その五体を砕こう。プログラムの申し子よ、すこしは愚を反省するがいい』
束ねられたワイヤーが、俺の心臓を貫いた。
[死亡しました]
灰色になっていく視界の中で、機械イカはすうっと元の位置に戻っていった。
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