8話

 起き上がって、ステータスを確認する。


「だいぶヤバかったな……。最初からあんな強敵がいるなんて」


 被覆を入れ替えると、〈クイックチェンジ〉のレベルが上がって、戦闘時でも入れ替えができるようになった。致命的なデメリットが速攻で消えたようにも思えるのだが、あんな機械がごろごろいるなら大した違いにはならなさそうだ。



[強敵撃破により、ブレイブシステムが解放されました]



「ん、なんだこれ。ブレイブって……言ってたけど」


 インベントリを見ると「ブレイブ:LA2」というアイテムが落ちていた。さっきのケンタウルスは「LA2」という名前だったらしい。



[ブレイブ:LA2

ロストエイジ・アーミーの心が結晶化した宝石。HPゲージが規定値に到達することで、コアレベル×3の耐久値を持つバリアフィールドを発生させる]



「ハズレだこれ!?」


 せっかく新しいシステムが解放されたのに、チュートリアルアイテムは俺に関係ないものだった。まともに受けたら勝ち目がないうえ、俺はHPが減ること自体を想定していない。紙装甲の回避アタッカーに与えるアイテムとしては、ハズレもいいところだ。


 強敵を倒して得たのは、スキルの成長だけだということにしておこう。アイテムの方はどこかしらオークションにでも出して、耐久型のプレイヤーが買ってくれれば御の字だろう。


「コアレベルは……レベルごとにひとつずつ上がるだけか。HP45に相当するバリアって言われても、防御力が変わらないと意味ないよな」


 ライヴギアの「コアレベル」は、今のところ、どんな意味があるのかよく分からなかった。さまざまなところに影響のあるパラメータらしいが、特技や装備の説明にはちっとも名前が出てこない。高いとどうなのか、上げるとどう得なのかが分からないので、存在する意味すら不明だ。


 都会の地下街のようなダンジョンを見回して、俺は探索に戻ることにした。


 徘徊する機械がもっとたくさんいるかと思ったのだが、先ほどのケンタウルスより大きさも強さも劣るものばかりだった。刀の耐久値はそこまで削られずに済んだのだが、ブレイブは落ちないし弱点も少ないしで、ありがたいダンジョンとは言えなかった。


「湿度、上がってきたな」


 ここに入ってきたきっかけは、砂の地面にわずかに生えたコケだった。ここだけは環境汚染がマシなのか、それとも水分がにじみ出ていて植物がギリギリ生えることができるのか……ともかく、何かしらの隠された要素があるようだ。


 地下街らしい建物の数々にはほとんど入れず、アイテムも採取できない。何か拾えたらよかったのだが、そういうピックアップアイコンも浮かんでこないので、ほんとうに何も手に入らないらしい。ここまでリスクとリターンが釣り合っていないと、わざとやっているのかと思えてくる。


「コケも生えてる……わりには、滑らないのか。ってことは」


 足元を覆っているそれは演出用のもので、見た目がそうであることが重要らしい。いろんなゲームで見てきた「見た目だけのステージ」は、だいたい戦闘用のものだった。雰囲気を先に作れば、あとは演出次第でどうにでもなる――先人の残した言葉を倣ってか、揺れる光と足音が同時にやってくる。


 錆びついたケンタウルスのようだった「LA2」とは違って、広い空間にいるそれはまるでイカだった。動力源が不明でも地に足のついた機械だと思っていたが、苔むして浮遊して魔法陣が浮かんでいるそれは、どう見ても科学技術の子ではない。


『ソルドか。こちらもプログラムの申し子とはいえ、もう少しばかりここへの到達は遅れると思っていた。喜べ、そちらが倒した機械はすべてオリジナルだ』

「え? しゃべるのか……」


 いろいろこういうゲームはやってきたが、イカと会話したのは初めてだった。


『詳細な情報を秘匿するため、計画のすべてを知っている者はいない。自らの存在する意義を探りに来たのだろう? ブレイブを燃え上がらせるほどに健闘すれば、こちらの保有する情報は譲渡しよう』

「こんな序盤でか……」


 くくっ、とイカは笑う。


『こちらには、順番も水準も関係がない。そちらの望むままに冒険が進み、ここへとやってきたのだろう? 歯抜けの情報を補完する、撤退と再戦で確実な勝利を得る。何を選んだところで、そちらには利が残る仕組みだ』


 撤退を許してくれるボスモンスターは、たまに見かける。かなり高性能なAIを積んでいるか、ストーリー上では戦うタイミングが来ていないか、そのあたりだろう。


「情報はおまけだけど、撤退はしないよ。二択なら、楽しい方を選ぶ」

『敗北を楽しむか、賭けに沸き立つ血を愉しむか……賢明とは言い難い、それゆえにと言うべきか。なんとも形容の難しい顔をしている』


 わくわくしているような、恐ろしいような感情がないまぜになっていて、自分がどんな顔をしているのかは分からなかった。それでも、言われてみて何より嬉しいことがあった――「賢明とは言いがたい」、と。


 コスト削減さえしてしまえば、それ以外にはなんでも手を出せる。だから、考えることを極限まで減らして、ものすごいバカをやってみたかった。これこそ、今こそ、やりたかったことを存分にやれる瞬間が来ている。替え刃になる「仕損粗紙」を使い果たしたとしても、きっと最高に楽しいのに違いない。


「そういうことがしたいんだ。負けるかもしれないとき勝ったら、さ」

『無謀こそ本懐、か。いいだろう』


 無機質な照明がぷつぷつと切れながらも順々に灯り、不安定な明度が苔むした機械イカを浮かび上がらせた。このギミックには、いったい何が隠されているのだろうか。小さな疑問を浮かべた俺に、イカは宣言した。


『その喜悦、あふれるほどに満たすとしよう』

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