7話

 弱点攻撃とクリティカルヒットは違う。当然のことだが、両方を重ねられていたからこそ被覆の耐久値はなんとか保てていた。前蹴りの可動範囲はそこまで広くもなく、伸び切った腕と同時に攻撃してこないようになっている。ところがどうやら、敵の弱点はカバーされ始めているようだった。


 クリティカルヒットの定義は「強化されていない部位へのクリーンヒット」だ。装甲がどれほど固かろうが、どうやら関係ないらしい。しかし、弱点だろうと強化されていればクリティカルは出なくなる。


「バリアか……!」

『kuihntikusn』


 胸のコアに宿る青い光が、鼓動のように徐々に膨らんでいく。そして、全身に光のラインが走り始めた。弱点をズタズタに切り刻まれた敵は、早くもこちらを仕留めにかかっているらしい。


「ちゃんと戦えるうちに、仕留めないとな」

『[CODE CALM]』


 剣と盾から青い光が消えて、敵は盾をぶん投げた。後方宙返りで避けると、地下街のどこかのテナントらしき建物に飛び込んで、どんがらがっしゃんと破壊音を響かせる。すこし目を離した隙に、敵の左腕は変形してビーム砲に変わっていた。


 さっきまでのビーム兵器も「光を操るテクノロジー」には違いないが、どこかオカルトじみて見えもした。こちらは完全に科学の申し子、機械に搭載された兵器そのものだ。ビュオン、と分かりやすい音を立てて発射されたビームは、どうにか避けた俺の背後で爆発を起こした。


 走り寄りながら、単なる物体と化した剣を避けて、こちらを追撃しようとひねった腰を切り裂く。バリアとビームを両立するなんてふざけた性能をしていても、動きはほとんど変わっていない。


「こっちのパターンが学習されてないのが救いか、これ」


 弱点をかばうような動きや、遠距離攻撃だけ繰り返すような動きはしていない。砲撃のリチャージはかなり長めで、盾を捨てたことから防御重視でもないようだ。敵の動きに対応してモードが変わるのではなく、自身の状態にしか反応していない。


 剣と刀では、打ち合うようなことはできない。よく言われる固さ論争ではなく、こちらの武器の残り耐久値を考えた単純な事実だ。相手がいくら化け物じみていようが、パラメータ上で勝っていれば問題ないが、今回は負けている。


『knstfjubn』

「マズいな、そろそろ刀が……!」


 ケンタウルス型の錆びた機械は、軟質部分を切り裂かれていてもまだまだ健在だ。それもそのはずで、ジョイントを覆っているのはカバーであってケーブルではない。重要な部分にはちっとも傷を付けられていないので、敵の動きは衰えていなかった。


 敵に致命打を与えるためには、刀の耐久値を引き換えにしても、重要なパーツを破壊しなければならない。胸のコアが有力候補だが、半人半馬という形状からするとコアはもうひとつある可能性が高い。


 ビームをなんとか避けたが、刀を叩きつける軌道がわずかにぶれて、上半身の装甲を叩いてしまった。破損警告が耐久値残り一割を告げ、ビーム砲が裏拳で俺を殴り飛ばす。


「くっそ……聞いてないぞ、裏拳なんて」

『gksuknru tiskanjku』


 キャラクリエイトのときに会話していたAIが言っていたことも、すこしは分かる気がした。ほかのゲームだと「スキン」だとか「アバター」と呼ばれるのであろう見た目の服装は、ある程度まで本体の性能に影響する。好きな見た目にしたいプレイヤーの方が多いだろうから、そういう着せ替えを売りにしている場合は、性能もカスタムできる。


 初期スキンであるボディスーツは、AIのおすすめで「活動しやすい」と言っていた。初心者にとってはかなり有用なアイテムで、変えるべきではなかったのだろう。もう少し時間が経ってから入手できる次の機会に、この着流しを選べばよかったのだ。


「……いや、そんな賢いことなんてしないけど」


 浮かんできた考えを、言葉で切り捨てる。


 クレバーな選択が何なのか、俺はよく知っている。事前に情報収集をして、テンプレート通りのビルドで戦って、できた仲間と横並びに強くなればいいのだ。オンラインゲームなんてそんなもので、攻略サイトや攻略動画なんていくらでも乱立されている。


 環境が変わったら新キャラを作るのもいいし、役割ごとに分担して武器やジョブを選ぶのもいい。だいたいの役割を決めて、別のゲームに移動するのもいいだろう。そういうものだと聞いているし、実際に体験もした。だから、ゲームの“そういう”面白さは知っているつもりだ。


 迫ってくる前蹴りを避けて、胴体の軟質部分に一撃を入れる。馬の後ろに立つと最強の攻撃を食らう――後蹴りを受けないために、俺は横へ逃れた。


「ひねるか、なら……!」


 腰をひねって後方確認をし、前脚で軌道修正をして、体が持ち上がった。くるりとこちらの方向を向いた馬の脚が、目にもとまらぬ速度で突き出される。現実では骨折どころか即死すらあり得るという、馬の後蹴りだった。


 ギリギリで姿勢を下げてどうにか避けるが、上がったものは下がってくる――俺のすぐ横を踏んだ脚を避けようと、俺は転がった。軽やかなステップを踏むように、機械の蹄がドカドカと足元のタイルを破壊する。


「腹を向けたのは不正解だぞ、光が漏れてる」


 シャッター状の分厚い軟質装甲で覆われた腹部は、蛇腹のふしぶしが薄くなっていた。そこからわずかに漏れる光の告げる事実はひとつ、胸だけでなくこちらにも、ケンタウルスのコアがあるのだ。


『skk tiskrtansisu kkn』


 前かきがわずかに当たったが、即死するような威力ではない。


「悪いな。もうひとつだけ、特技を隠してたんだ」


 地面に転がって踏みつけを避けた流れのまま、俺は刀を握りしめる。横薙ぎ、縦切り、そしてもうひとつの技である連撃。


「〈四葬・無明鴉〉ッ!!」


 足の付け根と胴体、そして蛇腹の奥にある光に、どす黒い四つの斬線が走る。



[被覆「仕損粗紙」が破損・消滅しました]



『knutis snsnkntuwtte [BRAVE]wnksbs』


 ぶるりと震えた敵は横倒しになり、粒子状に分解していった。


「やった……!」


 間違いなく、自分の手でつかみ取った勝利だった。

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