6話

 もとはきちんとした施設だったのか、足元はどう見ても地下道に通じる階段だった。ビル街と地下道というロケーションだけ見ると、単なる都会のワンシーンだ。地殻変動よりも、荒廃と砂漠化が進行したような印象が強い。


 このゲームの主題は惑星調査なので、こういう施設も調べ上げていった方がいいだろう。ふうっと風が吹いてきたかと思うと、アナウンスが流れた。



[インスタンスダンジョン「腐朽の崩壊通路」に侵入しました。

状態変化:「腐朽の崩壊通路(1)」を獲得]



 今のが侵入の合図だったのか、と考えつつステータスを開き、状態変化をくわしく確認した。


「げっ、武器の耐久値減少が加速する、って……!? 数を考えとかないと、最後まで保たないんじゃあ……?」


 なんというバカなことをしたのだろう、と今になって理解した。スタート地点からすぐやってこられる場所に誰もいない理由を、まさか誰も来なかっただけだとは思えるわけもないが――すでに情報が拡散したうえでこの状態なら、「攻略に不利になるから」以外の理由が浮かんでこようはずもない。やらかした、としか言いようがなかった。


 いろいろと工夫は身に付けたつもりだが、結局のところ、それもシステム上で設定された動きにすぎない。どちらの方が優先されるかは、運営のさじ加減次第である。そしておそらく、ダンジョンギミックには抗えない。


「困ったな。IDって出てしばらくは入場制限あるもんだし、儲けを完全にふいにするのもシャクだし……やれるだけ、やってみるか!」


 フィールドと比べて強力な敵がはびこり、奥にはボスモンスターが潜んでいるダンジョンは、そこらで敵を倒すより格段に儲かる。一定時間待たないと再入場できない仕組みになっていて、誰でもばかすか報酬をぶん取れる、なんてことにはならない――長時間遊べるプレイヤーがより多くを得られるのは、ごく当然のことだ。


 ギリギリの戦いを繰り返すのもいいし、多めの経験値や大量のアイテムが手に入るならなおいい。やれそうにないからと単純に逃げるのは、勝てる戦いを捨ててこっちへやってきた選択に反している。負けない確信を持つ理由が「相手が弱いから」だなんて、ただただ情けないだけだ。


 足元に溜まった水をパシャパシャとかき分けながら、コケで滑らないように慎重に歩く。ダンジョン内は奇妙なほど静かで、何かが動く音すら聞こえない。生物なら息遣いや足音、ちょっとしたささやき交わしも聞こえるのがVRゲームだ。ここまで何も聞こえないということは、相手はほぼ動いていない何か……機械や石像の可能性が高い。どう考えても相性は最悪、いよいよもって失敗が目に見えてきた。しかし、これもまた面白い。


「不利は覆さないとな。こういう挑戦が、いちばん面白いところだし」


 例えばわずかに残ったHPを真っ赤に染めながら逆転したり、ゴミみたいな装備で強敵に勝ったり、そういうゲームの遊び方は大好きだ。今のところ、ダメージはまったく受けていないので、これまでの敵はそう強くもなかったことになる。耐久値の減少を受け持ってくれる被覆は山ほど用意したのに、ストックを有効活用する場面は出てきていない。


 もっともっと、使わせて・・・・くれる敵に出会いたい。


 いったい何が出てくるのかと期待しつつ歩いていると、ようやくわずかな物音が聞こえた。不規則な足音らしきものが、こちらに近付いてくる。見ると、錆びついたケンタウルスのようなものがふらふらしていた。


『mgznpukknn kuihntikusn [LIVEGEAR type-two] krnzbkrz』


 ほとんど聞き取れなかったが、「ライヴギア・タイプツー」と言ったことだけは分かった。そして、胸のコアらしき部分が青く光ったかと思うと、動きのカクつきが消える。


『tnknsuru sntukudukis』


 左右の剣と盾が、同じように青く光る。何かのエネルギーを充填したらしく、力場のようなものが出現した。振りかぶることなく、刃は首を刈りに訪れる。明らかにSFそのものの光刃を受け止める選択肢はなかった――避けながら脇に叩きこんだ紙の刀が、軟質のジョイント部分をきれいに切り裂く。


「ビンゴか」


 なめらかな動きをさせるためには、柔軟な関節が必要だ。堅牢な装甲と熟達した動きを両立させるためには、ある程度まで妥協しなければならない。とくに、激しく動く腕の関節と、ケンタウルスという形がそうさせる胴体のジョイント、ここはどうやっても補えない弱点になる。


 盾で殴り、剣を振るい、馬の脚で前蹴りに後蹴りにと敵は工夫を凝らすが、微妙に動作が重い。いい武器を持っているのに、まだまだ低レベルの俺よりも少し遅かった。紙のライヴギアは攻撃速度がものすごく早くて、回避まできっちりこなせるらしい。


『knstfjubn』

「隙、デカいな……!」


 俺と同じく斬撃系の特技はあるが、盾を持っているわりにガードが甘い。下向きに細くなる方形という形であるせいか、小回りが利かないようだ。防がれたら一発で刀が破損してしまいそうなのだが、今のところは間に合っていた。


 かすった剣が、HPをごりっと持っていく。そして、一撃を入れた瞬間に警告音が鳴り響いた。



[被覆「仕損粗紙」の耐久度が危険域に達しました]

[戦闘中はライヴギアを組み替えることができません]

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