5話
あとから調べたことなのだが、街からすこし進んだ「シュウイ平原」は、機械のライヴギアを使うプレイヤーにとって最高の狩り場だったらしい。カスタムなしのパワードスーツ、かつ初期技でも簡単に倒せるオオカミ型の機械がわんさか湧いて出るので、最初期のレベル上げにはちょうどいいのだそうだ。
こちらも効率を考えて紙を選んだので、いいスタートダッシュを切りたい人々を批判する気はさらさらないのだが……ここまで人数が多いと、モンスターの取り合いになるしかないことは分かる。
「これは、だめそうだなぁ……」
ワンパンで倒せる敵を狩る、というのは古典的なレベル上げの手法だ。戦いに勝てば何かしら手に入るもので、楽に勝とうとするのも当然の話だった。だから、彼らのやろうとしていることは俺と同じ――
では、ない。
「もっと歩くか。いい敵がいないと」
俺のやりたいことは、このまま強くなることだ。糸口は見えかけているので、一撃で倒せる敵にこだわる理由もない……なにより、人と横並びに強くなるなんて、つまらないことをする理由も思いつかない。
歩き続けていると、ずっと平原というわけでもなく、丘陵地帯らしくだんだんと起伏が出てきている。建物の基礎や地上近くの部分、それにSFらしく脚色はしてあるものの、車やバイクらしい移動手段が朽ち果てているのも見えた。
「このへんは人いないな……? そんなに危険そうじゃないけど」
こんな最序盤から、奇襲を仕掛けてくる敵が出てくるとも思えない。周囲の様子をうかがいながら歩いていると、砂地がざわりと震えた。飛び出してきた何かへ向かって、反射的に〈一刀隼風〉を使った俺は、内心で「しまった」と考えていた――どうやらクリティカルらしく派手なエフェクトが出たが、耐久値の問題は解決していない。
割鉈は壊れなかったが、撤退した敵はいまだ砂の中にいる。襲ってきた部位だけを切断できたらしく、ハサミのようなものがぼとりと落ちた。
砂地の不自然な盛り上がりが、不意に消える。振動が続いている地面が爆発するように割れて、ワームのようなものが出てきた。口元の器官はごちゃごちゃしていて、その中のひとつにハサミも含まれている。
「なんだよこいつ……!」
被覆を交換しようとしたのだが、「戦闘中はライヴギアを組み替えることができません」と無慈悲なアナウンスだけが流れる。
「ジョジャ、ジャ」
「やっ、ばい!」
飛びかかってきたワームをどうにか避けて、カウンターの一撃も入れずに次を待つ。
耐久値は残り三割、全弾クリティカルか弱点攻撃にしないと、途中で戦闘不能になる。さっきまでは余裕ぶって笑っていたが、逆に笑うしかない状態だ。ちゃんと研究もしていない相手に対して縛りプレイを敢行するだなんて、自殺行為に過ぎない。
振動の伝わり方や盛り上がりの消え方は、とても分かりやすい。体は大きくても序盤のモンスター、モーションをまったく読めないほど意地の悪い設計ではないらしい。大きく潜ったら一回飛び出てくる、それ以外では触手を伸ばすだけ――言ってしまえばなんということはないが、相手取ると思い通りにはいかない。
「ジャッジャ」
「いちおう、柔らかいな!」
くるりと避けながら〈紅葉落とし〉で切る。横薙ぎと縦切り、そして連撃と三つの技があり、どれを使用してもだいたい同じ速さで技が出る。この速度で戦えるなら、武器が壊れない限りは問題なく対処できるはずだ。一瞬の隙を突けばいいなら、ただ実直にそれだけを行うだけのことだ。
触手が突き出てきて、特技で切り捨てる。そんなことを数十回繰り返して、さすがに集中力が切れそうになってきたタイミングで、急に触手よりずっと太いものが出てきた。慣れ切った俺は、ばっさり切ってから、それが粒子状に分解していくのを見た。
「あれ? 倒したのか……」
攻撃がめちゃくちゃワンパターンなのに、安全策に逃げてそのまま倒された形らしい。こうはなりたくないお手本のような死に方だ。汎用素材と機械カテゴリの素材、それに多めの経験値が入って、新しいスキルが生えてきた。
「おお、〈クイックチェンジ〉……! レベルで覚えるんだな、こういうの」
ライヴギアの組み換えが一瞬でできるようになり、レベルに応じてセットもいくつか構築できるという便利スキルだ。あって当然というか、最初から欲しかったスキルである。成長を先まで見てみると、なんと「戦闘中のライヴギア組み換え」も機能に入っていた。ある程度レベルを上げないと、真髄が楽しめない仕組みらしい。
耐久値がほぼゼロになっていた被覆を新しい紙に入れ替えて、次の敵を探す。とくに何かがいるわけでもなく、ワームも希少なモンスターだったのか、現れてくれなかった。歩いているうちに、不意にコケのようなものが見えた。
「草ひとつ生えてないのに、コケが……どこから」
環境汚染なのか雨が降らないからなのか、歩いてきた道のどこにも植物は見当たらなかった。ここへ来て突然現れたということは、何かのヒントに違いない。クエストや世界観を解き明かす手がかりをいち早く手に入れれば、どこまでも突っ走れる。ぞくぞくするような楽しみを覚えながら、俺はコケを目で追う。
地面の亀裂に沿って短いコケが生え、湿り気を帯びた青緑の藻が台所マットのようにごく小さな面積を覆っていた。大型車両の残骸らしいものの中から、下に通じる通路が開いているのが見える。
「荒地の地下に、か……いったい何があるんだか」
草履でコケを踏みながら、俺は地下に侵入していった。
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