南極で冒険がしたいです

清水らくは

南極で冒険がしたいです

「このルートで本当にいいのかな……」

 ほとんど草木の生えていない大地を見ながら、僕はつぶやいた。

「おいおい、AIを疑うのか。令和かよ!」

「疑うわけじゃないけど……」

 僕らは今、南極にいる。夏休み最後の思い出として、南極大陸縦断をすることにしたのだ。氷がほぼ解けてしまった南極大陸は、以前のように人類に牙をむく大地ではない。今は冬だから寒いが、夏になればそこそこ過ごしやすいらしい。ただ、まだ植物が根付いていないらしく、豊かな生態系というものもない。それどころかペンギンなどの動物は環境に適さなくなり、南極では滅んでしまったのである。

 幹人は楽観的だから、AIの言うとおりにすれば必ず冒険は成功すると信じている。ただ、人間の方は何でも計画通りにできるとは限らないので、上手くいかないことはあるんじゃないかと僕は思っている。じいちゃんはよく言っていた。「AIに頼ってたら、自分で判断できなくなるぞ」って。

 とはいえ、わざわざ逆らう理由もない。AIの指示する通り、深い谷の中を歩いていく。ヘッドライトが照らし出す光景は、今まで見たこともないぐらいにおどろおどろしい。南極は現在極夜で、一日中、日が出ない。

「あれ」

 幹也が立ち止まった。あたりが暗くなっている。

「どうしたんだ」

「ヘッドライトが消えた」

「そんな」

 二か月はバッテリー交換しないでいいと言われていたものだ。不良品をつかまされただろうか。

「とりあえず予備のバッテリーを試して……」

 その時、あたりが真っ暗になった。僕のヘッドライトも消えてしまったのだ。

「ひいい」

「情けない声を出すなよ。何もいないんだからさ、怖がることはないさ」

 幹也は端末の明かりであたりを照らした。薄い光だったが、周囲を確認できないことはない。

「それ、あんまり持たないだろ」

「とりあえずこれが使えなきゃな」

 予備のバッテリーに入れ替えると、ヘッドライトがついた。

「よかった。でも、こっちは一週間持たないんだよな。手巻きしながらいくか」

 ただでさえ食料などで荷物が多いので、発電用の燃料などは持参していない。最悪人力で発電することになりそうだ。

「あ、あれなんだ?」

 幹也が横を向いた時に、何かが見えた気がした。バッテリーを入れ替え、僕のヘッドライトも点灯する。気になった方向を見てみると、岩肌に赤白いシミのようなものが広がっていた。

「なんだろう。誰かが描いた?」

「ただ塗っているように見えるけど、何のために?」

 その時だった。赤いところからいくつもの細い管のようなものが、すごいスピードで伸びてきたのだ。逃げなきゃ、と思った時には僕も幹也も管に絡め取られて身動きが取れなくなっていた。

「ぐわっ、何なんだこれはっ」

「い、生きものなの!?」

 体中に、電気が走ったようなびりびりとした感覚が走る。死ぬ、と思ったものの、意外と意識ははっきりとし続けていた。



≪待ったヨオ≫



 声がした。いや、音は鳴っていない。管から体に「意識が入ってくる」ような感覚だ。

「何かの機械?」



≪機械を作れるようにまでなったんだナア。長かったナア≫



 言葉が通じる。けれどもこれは、僕の知っている何かではない。生き物なのか機械なのかもわからない。

「俺らをどうするつもりだっ」

 幹也にも同じ声が聞こえているのだろう。ただ、声に少し元気がなくなっている。



≪養分になってほしいナア。大きいのはやっとなんだナア≫



「何言ってやがるバケモンめっ」



≪心外だナア。オイラが生命のもとを流したおかげで、この星にも命が生まれたんだナア。君たちは僕の子供みたいなものだナア≫



 なんととんでもないことを言っている。本当だとしたら、こいつは地球外生命体で、何万年も前からここにいたというのだろうか。

「なんかそれっぽいこと言ってるけど、そんなわけねえだろ! 養分必要とするくせに何万年も誰にも会ってないって!」

 幹也はたまに理屈っぽい。こんな時にも、だ。



≪オイラは死なないんだナア。だけど食べないと動けないんだヨオ。しかもとっても寒いところに着陸してしまったんだナア。だから、生命を作って、いつか来るのを待っていたんだナア≫



 さすがに、こんなものまではAIも予測できなかったのだろう。おそらく人類が初めて出会うものによって、僕らは死んでしまうのだ。なんてこった。

 ゴゴゴ、という音がする。大地が揺れ始めた。

「地震だ!」

 かなり揺れが大きい。が、僕らは今は捕らわれの身である。身を伏せることもできない。



≪お前らは死ぬかもしれないんだナア。生きているうちに養分を摂取しないとナア≫



 その時、ゴトン! という大きな音がした。目の前に、大きな岩が転がっている。そして急に、体が自由になった。岩の下敷きになって、管が千切れたのだ。

「幹也、大丈夫!?」

「ああ、なんか動けるようになった」

「今のうちに逃げよう!」

 揺れは収まっている。だが、他にも岩が転がっているかもしれないし、今から落ちてくるかもしれない。

「AIに聞いてみよう」

「ちょっと、こんな緊急事態に対応できるわけ……」

「あれ? ルート、これ……」

 よく見ると、バケモノに襲われた場所からは、それまでとは違う道なりではない形のルートになっていた。しかも僕たちは、ルートを更新していない。

「地震が来ることまで予想していた……?!」

「ライトが消えることもじゃないか? ライトが消えなきゃもう少し進んでる……襲われることも?」

 僕らは顔を見合わせた。いろいろと疑問はあるが、のんびり考えている場合ではない。

「とにかく行こう」

「ああ」

 僕らは走った。あのバケモノが一体だけで、あそこから動けないのを願って。



「おいおい、白旗って。令和かよ」

 僕らを見つけた南極観測隊の男性は、苦笑していた。

「そうしろってAIが言うので……」

「確かに君たちを見つけられたな」

 何とかあの場を去った僕らは、南極縦断を断念した。バッテリーも食料も心もとなく思えてきたし、何より南極が怖くなったのだ。

「あの、地震大丈夫でしたか?」

「ああ、大きかったな。建物に被害はなかった」

「よかったです」

「ただ、橋が一つ落ちたらしくてね、港にはすぐには帰れないかな」

「そうですか……」

 一刻も早く南極を去りたかったが、仕方がない。冒険には予想外のことが付き物だ。

「あの、ここには長いんですか?」

 幹也が、神妙な面持ちで尋ねる。

「そうだな。一回帰ったけど、三年ぐらい調査してるかな」

「……変な生物がいたりとか、しませんか?」

「いやあ、期待しているんだけどねえ。なかなか生き物が見つからないねえ。そろそろいてもいいんだけど」

 僕と幹也は顔を見合わせた。

「そうですか。不思議ですね」

 僕らはここに来るまで話していたのだ。氷の解けた南極に生物がいないのは、あいつのせいなんじゃないか、と。あのバケモノが食べているのか、生物の本能で避けているのか、詳しいことはわからない。ただ、あんなものがいて、何の影響もないとは考えにくい。あれが一体だけかもわからない。「はあ。俺らの冒険も終わりだ」

 そう言って幹也は、端末を眺めた。そして、表情を凍り付かせた。

「どうしたの」

「これ」

 そう言って幹也が見せた画面には、こう書かれていた。



<私の設定した冒険はどうでしたか? 予定通り楽しく過ごせたでしょうね!>



「本当のバケモノは、AIかもしれないなあ」

 真っ暗な空を見上げながら、幹也はつぶやいた。










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