第2話 独立国家建国
今回の隣国のクーデターの場合はどうであろうか?
条約を結んだのはグレートバリア帝国であって、その後継国となっているアレキサンダー国とは、正式条約を結んでいない。
慣習上は継承されていると解釈もされるが、アレキサンダー国側から、
「あれは、前の国家が結んだ条約なので、正式ではない」
と言われればどうなるのだろう?
確かに、そう言われてしまうとどうしようもない。そのためにシュルツは今までに何度もアレキサンダー国に対して、
「グレートバリア帝国との条約を、そのまま継承していただきたい」
と交渉してきたが、なかなか彼らは首を縦に振ろうとはしない。
その代わり、交換条件として複雑な条件を突き付けてきて、シュルツを困らせてきた。シュルツの考えだけではあるが、どうやら、アレキサンダー国は答えを焦らして、何か別のことを考えているように思えてならなかった。
案の定、交渉は難航し、それがそのままシュルツの憂鬱に繋がっていた。百戦錬磨のシュルツではあったが、彼の手にかかれば、難しい条約の締結もさほど苦労はなかったのだ。それは交渉の席に着く前から下準備を怠ることなく行っていて、
「席に着いた時点で、すでに勝敗は決まっている」
と言わしめるほどだった。
しかし今回の交渉はそおほとんどが後手後手に回っていた。何しろ相手が新鋭の国家であり、情報があまりにも少なすぎた。前の国と同様に考えるわけにはいかないことは重々分かっているだけに迂闊な行動を取るわけにはいかない。何しろクーデターで出来上がった政権なのだから、それもしょうがないというものだ。
そんな状態で時間だけが無情に過ぎていく。交渉がハッキリとしないまま、革命政府は着実に国家の体制を整えていく。
ここでシュルツの計算外があったのだ。
シュルツはあくまでも交渉相手の外務大臣と直接話をしていた。もちろん、それで正解なのだが、実際の軍部が何をしていたのかということを把握していなかったのだ。
これはシュルツの落ち度と言ってもいいだろう。
それまでのシュルツであれば、いくら外務大臣と交渉を続けていても、それに関わるすべての人々の監視を怠ることはなかった。それなのに、今回は肝心の軍部の動向についてほとんど把握していなかった。実際にクーデター政権による軍部なので、秘密主義となっているのは当たり前のこと、過激な集団であるかも知れないという思いもあったので、迂闊に中に入り込むこともできない。
遠慮という言葉で片づけられるものではないが、シュルツは完全に軍部を恐れていた。
恐れながらも、もう少しだけ内情を調べていれば、彼らの意図しているところがどこになるのか、少しは分かったというもの。彼らの本当の狙いはシュルツに対して何かをしようというものではなかった。そういう意味で自分たちの行動に邪魔になるシュルツを外交という手段に足止めをしておいて、その間に自分たちの計画を進行させようという意図があったのだ。
彼らの考えていたことは、シュルツの目を外交にくぎ付けにしている間に、諜報活動を軍部の手で行おうというものだった。軍部のスパイがアクアフリーズ王国の軍部に入りこみ、そこで懐柔を図ろうというものだった。
誰を懐柔するかということが、アレキサンダー国側とすれば一番の問題だったことだろう。そこで目を付けたのが、かつてグレートバリア帝国に一定期間「研修」という名目でやってきていた将軍だった。
今でこそ将軍となっているが、彼が研修でやってきたのは、まだ将校の時代で、出世を夢見る若手だった時期だった。ちょうどその頃グレートバリア帝国の将校だった男が今では諜報活動のトップにいる。相手との交渉で一番接点があるのが、その将軍だったのだ。
諜報活動を行う時は、それまで面識もない相手であることが必須だった。少しでも情に流されてしまうと正確な情報を得ることはできない。それが諜報活動の基本だった。
しかし、いざ情報を得てしまうと、それを利用するには、まず一番自分と接点のある人間を利用するのが一番だ。将軍が選ばれたのも当然と言えよう。
その将軍は、今でこそ将軍として君臨しているが、出世に関しては、結構早い時期から諦めていた。
――どうせこの国は世襲なんだ――
将軍がどこまでの出世を想像していたのか分からないが、上にいけばいくほど、世襲が濃くなってくる。
本当の上になると、国王の血筋が占めることになるだろうが、少し下の階級の人間も、世襲で気付かれていた。
つまり、世襲ではない人間ができる出世は限られている。そういう意味では将軍となった今が一番のピークだったのだ。
――上り詰めるところまで上り詰めたんだ。俺はこれからどうすればいいんだ――
と、出世できたことへの達成感もあるにはあるが、これ以上の目標がない以上、何を支えに生きていけばいいのか分からなかった。
――しょせんはこれ以上の出世なんかないんだ――
という思いは諦めでもあり、まだ現役として数年はこのままでいなければいけないことに苛立ちすら覚えていた。
そんな将軍の気持ちがある人間は、一番懐柔されやすいのではないだろうか。
「お前のような優秀な男が、このまま終わっていいのか?」
と、言われれば、気持ちがぐらつかないわけもない。当たり前のことを当たり前に言われて今までなら感動することもなかっただろう、そんなセリフは自分が他人にするものだと思っていたからだ。
将軍は、どうしていまさら数十年ぶりに遭ったにもかかわらず、そんなにも自分のことを心配してくれるのか分からなかった。もちろん相手が諜報にも長けているなどと思ってもいないので、そう感じるのだろうが、昔少しだけ知り合いだった相手がいきなり懐かしそうに訪れてくるのだから、何か下心があるとどうして思わなかったのか、誰もが感じることだろう。
だが、将軍にはその思いはなかった。アクアフリーズ国の軍部では、そんな諜報であったり、人を陥れるような考えは発生しないものだと思われていた。
実際にそんなことは今までに発生していない。前例がないのだから、そこまで考える人はまずいないだろう。
驚いたことにアレキサンダー国の諜報部員は、皆そのことを理解していた。下手をするとアクアフリーズ国の軍部内部の人間よりもそのあたりの事情には詳しいだろう。
「灯台下暗しとはまさにこのことだ」
足元のことが分かっていないことが罪になるということを、誰も分かっていなかったに違いない。
「アクアフリーズ国なんて、簡単なものだ」
と考えている人も多かったことだろう。
逆にそれが災いをしたとも言えなくもない。
懐柔を受けた将軍は、アレキサンダー国の策略に対して、想像通りの行動を取り、内部からの亀裂に対して、大いに貢献していた。
将軍というのは、実はアクアフリーズ国では上司の中でも浮いた存在だった。尊敬をされているわけでもなかったが、嫌われていたわけでもない。注目に値しない相手として、本当にまわりから気にされることがなかったのだ。
それも諜報活動で掴んだ、将軍を味方に引き入れるという点で重要なことだった。好かれているわけでもなく、嫌われているわけでもない人間ほど、利用価値があると言えるのではないだろうか。
そのおかげでアクアフリーズ国の軍部は内紛に突入してしまった。
それを予知しながら食い止めることのできなかったシュルツは、さらに落ち込んだに違いない。しかも、将軍というのは、部下からはあまり意識されていなかったが、シュルツからの信認は熱かった。だからこそ、彼のように注目されない人が、将軍として君臨できたのも頷けるというものだ。
アクアフリーズ国は、まわりの国から分かるくらいの内紛が持ち上がってしまい、周辺国から訝しく思われるようになった。
「何だ、あの国は。永世中立国なんじゃないのか?」
と言われた。
永世中立国というのは、平和のシンボルのように思われていて、平和という意味では全世界から手本にされるような、
「平和の象徴」
でなければいけないに違いない。
周辺国から、
「なんだ、永世中立と言ってもあの程度か」
と思われるようになると、それまでの国際社会における信用はがた落ちだった。
しかも、世界で頻発している紛争は、ある程度の時期がくれば解決への足掛かりを模索するものなのだが、アクアフリーズ国に関しては、その妥協は見ることができない。
「誰も和平について考えていないんじゃないか?」
とも言われたが、当たらずとも遠からじで、
「どうしていいのか分からない」
と思っている人ばかりだった。
それだけ平和な時期が長く続いたということで、このような事態は想定外だったと言ってもいいだろう。
アレキサンダー国の本当の目論みは、
「シュルツ長官を暗殺して、チャールズ国王を拉致してしまおう」
ということが最初からの目的だった。
だが、一向にシュルツ長官が暗殺されたという情報も、チャールズ国王を拉致したという情報も入ってこない。彼らがアクアフリーズ国に対して内紛を起こしたり、さらには長官の暗殺、国王の拉致と言った強引なクーデターを画策したのも、最後はアクアフリーズ国を併合しようという考えがあったからだ。
それには体制の違う国家に対して、生半可な対応をしていては、もし国家を併合したとしても、国民が着いてこないと思われるだろう。何しろ国対が違っていて、体制が違うのだから、合併後に内乱が起こるのは必至だった。
しかも併合してしまうと、そこに生まれる感情は、差別的発想であった。
元々の国民は、
「今まで外国だった連中を併合してやったんだから、やつらは奴隷のようなものだ」
という思いが芽生えてしまって、逆に合併された方は卑屈な感情から、反発は違った意味での認識が生まれることだろう。
もし意味合いが違っていなければ、併合自体無理なのではないかと思えた。併合してもしなくても、結局はそこに歪が生まれる。そのことを誰が予知していただろう。
チャールズとシュルツは、うまく彼らの考えを察知し、国外へ逃れた。危機一髪ではあったが、それもシュルツの逆転ホームランでもあった。
要するにシュルツは、アレキサンダー国の油断をついたのだ。
新鋭国家がそれまでできすぎなくらい、クーデター計画がうまくいっていた。そのせいもあって、彼らには油断が少なからずあったのは否めなかった。クーデターを起こしたのなら、完全に成功するまで気を許してはいけない。そんな簡単なことも分からないくらい、それまでの革命政権は順風満帆だったのだ。
「そんなことは分かっているさ」
普段のシュルツならそう思うだろうが、それを感じることができないくらいに頭の中がいっぱいいっぱいになっているシュルツ長官だった。
シュルツの逃亡計画は、最初からしっかりと出来上がったものではなかった。何しろクーデター自体が寝耳に水のことだっただけに、まずは情報収集と、それにともなっての、自国への影響を加味して考えなければいけなかったからだ。
正直にいうと、シュルツはそこまでの危機を感じておらず、まさか亡命しなければいけないとまで考えていなかったようである。アレキサンダー国はアクアフリーズ王国の侵略や併合までは考えていなかったようだが、少なくとも今の絶対王制は廃止して、自国に有利な傀儡政権の樹立までは考えていた。
チャールズやシュルツにしてみれば、それは侵略と同じことで亡命は必至だったのだ。
受け入れてくれる国を調査するのも大変だった。アレキサンダー国は電光石火的に近隣諸国を侵略し、着々と勢力を拡大している。そんな状況で近隣諸国の中には二人を受け入れてくれるような国はなかなか存在しない。少なくとも同一地域には存在しないので、選定だけにでも、かなりの時間が掛かった。
それでもシュルツ長官の顔の広さというか、人格のよさというか、受け入れてくれる国は存在した。さすがにそこでは今までのような国王としての生活ができるはずもなく、二人は元国王と国家首脳であることを隠して生活しなければいけなかった。差し当たっての生活費は国が補償してくれるとのことだが、それも限りがあるようだ。それでももうそれ以外に二人の行き場はなかった。チャールズは頭の中を完全に入れ替えなければいけない状況に追い込まれていた。
だが、チャールズはシュルツの思っていたよりもずっと順応性に長けていて、庶民の生活にもさほど苦労することはなかった。それだけでもシュルツは安心できた。
「シュルツには感謝しているよ」
というと、
「何をおっしゃいますか、チャールズ様がここまで順応性があるお方だとは思ってもいませんでした。私の方こそ、お見それしておりました」
と恐縮した。
ここでは二人は親子ということになっている。表向きにはシュルツがチャールズを権威で見守り、家の中では、今まで通り、国王として敬っていた。だが、表向きの態度も今までとは変わっていない。チャールズは国王としても、シュルツをまるで父親のように感じていた。
――少し口うるさいけどな――
とは感じていたが、その言葉の中には必ず勉強になることが含まれていて、母国にいる頃からチャールズはシュルツの言葉を聞き逃すようなことはなかった。
母国から亡命してきたとはいえ、思いはいつも母国のことであった。
「いずれは時期が来たら、また母国に戻りたい」
とシュルツに話をしていた。
「分かります、そのお気持ちは。私もできるだけのことはしたいと思いますが、今はまだその時期ではありません。まずは生活をすることだけに集中しましょう」
とシュルツは言ったが、もちろんチャールズにもそんなことは分かっていた。
チャールズは知らなかったが、シュルツはこの国での生活を確立させながら、並行して母国の元部下連中と連絡を取り合っていた。
実はシュルツが亡命先をこの国、アルガン共和国を選んだのは、この国が以前から母国と通商を行っていて、自分がその最前線で動いたことと、今回のような非常事態に備えて、母国とのホットラインを結んでいたことが大きかった。
ホットラインは、アルガン共和国の議事会館や首相官邸にあるわけではない。一般の施設に築かれていた。それを知っているのはシュルツと彼の腹心の部下だけであった。もちろん、母国にいる部下が、いくら腹心だとはいえ、傀儡政権を作ろうとしているアレキサンダー国に蹂躙されないとも限らない。だから、シュルツが母国と連絡が取れるのも時間的に限られていた。
そんな限られた時間をシュルツは最大限に利用した。ある程度の情報を得たり、資金援助を水面下で進めてくれたが、
「君に危険が迫ったり、アレキサンダー国の傀儡政権の樹立が本格化してくれば、君の裁量で、このホットラインを壊してくれ」
と話をしていた。
部下も十分に分かっていて、実際にアルガン共和国に二人が亡命してから三か月後にはこのホットラインが繋がらなくなっていた。
しかし、三か月というのは、シュルツにとって十分に理解できる期間だった。むしろ長かったくらいのもので、三か月もホットラインが継続できたということは、アレキサンダー国の侵略計画もさほど進行が速いわけではなく、まだまだ付け入る隙はあるというものだと考えていた。
シュルツは母国の軍隊をいまだに掌握していた。侵略軍がやってきたとしても、それは駐留目的であり、強い力での支配ではないことが分かっていた。
アレキサンダー国はクーデターによる革命政府であるため、一般の市民からどこまで信任されているのか分かったものではない。したがって、まずは国内の情勢を整えることが急務であり、ただそのために、この機に乗じて、隣国から侵略を受けないようにしなければならないというジレンマから、隣国への侵略を行ったのだ。
侵攻は本当の意味での侵略目的ではなく、他国を牽制するもので、自国へ脅威となりそうな政権は打倒し、傀儡政権を樹立することで、対外的な脅威を取り除くことが一番の目的だった。
だからこそ、母国への侵略が思ったよりも時間が掛かっているのも頷けるというもので、亡命した二人を必死になって探すということもないだろうという思いから、亡命を考えたのだ。
少なくとも亡命することで、アレキサンダー国の支配から逃れることができる。何かをする自由が得られるということは、シュルツにとって一番だった。あのまま国内にいては彼らの支配の中、どうなるか分からなかった。
だが、さすがに処刑はないと思っていた。処刑などしてしまえば、国民の反発は必至で、せっかく傀儡政権を作っても、彼らに対しての支持は得られないはずだからである。
シュルツは、そこまで構想を描いていた。そしてその想像はほとんど当たっていて、ここまではシュルツの頭の中で描いた通りとなっていた。
母国の方はというと、いくら時間が掛かっているとはいえ、傀儡政権が樹立されるのは分かりきっていることだった。ホットラインが壊されてから一か月ほどで傀儡政権の確率はほぼできあがり、国の内外に宣言されたのは、それから半月ほど経ってのことだった。
シュルツもチャールズもさほど驚いていない。シュルツは自分の計画通りに進んでいることを分かっていたので、別に気にすることでもない。
チャールズの方は、すっかりこの四か月ほどでこの国の生活にも慣れてきて、やっと、
「これが人間の生活なんだな」
と考えるようになっていた。
この生活をまんざらでもないと思っていることで、次第に自分が国王であったことや、再度母国に戻って、王国の復活を考えていた自分が、遠い昔のことのように思えていたくらいだった。
シュルツとしては、
――それならそれでいい――
と思っている。
いくらそう思ったとしても、結局は順応性に長けているだけで、その本質はあくまでも国王なのである。その立場に戻れば国王としての気持ちが復活することは分かっていた。目を瞑っていても、王宮の中を歩くことができるくらいに身体が覚えているはずだからである。
シュルツは、チャールズに関しては何も心配していない。逆にここでの生活の中心はチャールズだと思っているからだ。
――チャールズ様は、私の本当の気持ちをお分かりなんだろうか?
と時々思うシュルツだったが、チャールズが分かっていようが分かっていなかろうが、シュルツにはどっちでもよかった。
もし分かっているとしても、黙って見ていてくれているということは、それは自分に対して信頼を置いてくれている証拠だと思うからで、逆に知らなかったとすれば、その方が自分は自分でやりやすい。
――自由に動けるというものだ――
と考えているからだった。
もし、チャールズがシュルツの考えていることを分かっているとしても、最終目標までは分かっていないだろう。
――きっとチャールズ様は私のことを分かっているとしても、それは母国への帰国と、母国の復興について考えていることだろう――
という思いだった。
だが、実際にシュルツは別のことを考えていた。
確かに本当の最終目標は、チャールズの考えた通りだが、それまでの過程が違っていた。シュルツはもっと壮大なことを考えていて、その思いがチャールズの眠っている感情を引き出すことになろうとは、チャールズ本人もシュルツも想定外のことであった。
シュルツは、ホットラインが途切れた瞬間から、部下にもう一つの命令を出していた。
それは、
「軍隊は、これから今まで以上に混乱してくるのは分かっている。混乱してくる前に、軍隊の順列を書き換えて、三個師団くらいをその序列から外してほしい」
と言っていた。
部下は最初、よく分からなかったが、
「君たちが外した軍をうまく率いて国外に脱出してくれ、武器も一緒に持ってだよ」
というシュルツの言葉に、
「そんなことできるんですか? いくら相手が新興国家とはいえ、軍隊の三個師団を動かすんですから、それなりに目立ちますよね」
というと、
「そこは、何とでもなる。幸いにも我が国には植民地にしていた国を属国にしているので、その国に派遣するとでもいえば、国外に出ることもできるだろう」
当時の世界では、植民地という考え方は廃止されてきた。ほとんどの国が独立を果たしているが、中にはまだ内戦を引きずっているところもある。実際に母国にも前に植民地にしている小国があったが、最初独立を促したのだが、国家として成立させるほどしっかりした国家体制ではなかったことで、国際調停に提訴することで、その国の委任統治を、我が国が受け持つことにした。
植民地としての朝貢はできないが、緩い体制での属国という意味であった。
つまりは、属国に不穏な動きがあれば派兵もありえるということで、この場合の派兵も口実としては十分なのだ。
ただ、それもあくまでも怪しまれた時の言い訳というだけで、アレキサンダー国の監視の目は、軍隊の一部の国外への派遣くらいは気にもしていなかった。
しかも、実際に傀儡政権が樹立された時、傀儡政権の政府は、その時に一部の軍隊が外国へ派遣されたなどということを知らされていない。つまりは軍隊の編成図がすべてだったのだ。
これもシュルツの計算通りだった。
抜けた三個師団は、当初の予定通り、委任統治国に入っていた。委任統治国はあくまでも統治するのは正規政府であり、傀儡国家に支配されることはない。これは国際法上でも容認されていることで、委任統治国はあくまでも傀儡政権を容認できないという声明を発砲していた。
そんな時、シュルツから委任統治国へ連絡が入った。
確かにこの国は植民地として支配された時代があったが、他の植民地のように搾取されていたわけではなく、友好国という認識が強かった。
現在も傀儡政権ができるまで、正規政府と普通に交渉していて、その交渉の代表者がシュルツだったのだ。
シュルツは委任統治国にとっては、国家元首に等しい存在だった。
シュルツ長官から、委任統治国の首相に連絡が入った時、
「シュルツ長官、ご無事でしたか。心配をしておりました」
と、電話口の向こうで涙ぐんでいることは、シュルツには想像がついた。
それくらい二人の間には信頼関係が樹立されていて、それもシュルツの人徳のいたすところであった。
「ああ、大丈夫だよ。チャールズ様も一緒だ」
と、亡命してから今までの経緯を話した。
「それはそれはよかったです。いずれは我が国へいらっしゃってくだされば、いくらでも面倒を見させていただきます」
と言ったが、
「それはありがたいのだが、今はそういうわけにもいかない。アレキサンダー国の目が光っているのは分かっているし、あからさまに私たちがそちらにいけば、彼らを一気に刺激することは分かりきっているからね」
と言って、やんわりと断った。
「なるほど、そうですね」
と首相がいうと、
「ところで、母国から三個師団をそちらに派遣したのだが、そっちで面倒を見てくれないだろうか?」
とシュルツがいうと、
「どういうことでしょう? 確かに三個師団が来られましたが、委任状も命令書も何もなかったので、おかしいとは思っていましたが」
という首相に、
「すまない。これは極秘の計画の一部なので命令書はないんだ。君にも詳細を告げるわけにはいかないが、悪いようにはしないので、申し訳ないが、三個師団を受け入れてほしい。母国では最初からなかったかのように細工はしているからね」
「分かりました。長官のお考えですから、相当に練られた計画なのではないかと思います。私にお任せください」
という首相の言葉に、
「ありがとう」
とシュルツは本当に助かったと思いながら、受話器を握りながら頷いていた。
――これで第一段階は終了だな――
と、シュルツは感じていた。
三個師団の司令官は、シュルツが軍部で一番信用している男だった。だが、彼の階級は少将であり、軍部の首脳ではない。軍部の首脳には確かに信頼のおける人間を配置していたが、任命するのは国王で、それを推薦するのが長官だった。
長官は全体的に見て一番ふさわしい人を首脳に据えていたが、本当に信頼できる人間を別に作るということを考えていた。このようなクーデターに備えていたというわけではなかった。軍部という特殊な体制の元では、自分の腹心を作っておくことが懸命だと思っていたのだ。
――これこそ不幸中の幸いとでもいうべきだろうか――
と胸を撫で下ろしたが、事態は本当に最悪を免れたというだけのことだったのだ。
彼の名前はマーシャルという。
マーシャル少将は、頭が切れるという点では陸軍ナンバーワンと言ってもいいだろう。しかし、まわりとの協調性に欠けることで、彼に味方は少なかった。だが、それも彼の計算の中にあることで、下手に仲間を増やすことは、造反しそうな人間を単純に増やすことになる。それなら、本当に信頼のおける人間だけをまわりに置くことがいいと考えた。
だからマーシャル司令のまわりには、本当にマーシャルの考えを理解できる人しかいない。そういう意味ではシュルツ長官も彼の仲間の一人である。シュルツはチャーチルにマーシャルを紹介する時、
「彼ほど、自分の一番の味方はおりません」
と言って、紹介していた。
チャールズもシュルツの性格をよく分かっているので、シュルツの軍部で一番信頼している人間がマーシャルであることは分かっている。階級は確かに少将だが、シュルツにとっては提督であってもいいくらいに思っている。
「彼は十個師団を率いて戦わせてみたい唯一の将軍ですよ」
と、シュルツは話していた。
それだけ統率力にも長けていて、仲間が少ないということに関して矛盾であった。
そんなマーシャルは軍部で起きたクーデターを予知できていたようだ。そして、シュルツがそのうちに命令を直接下してくれるのを待っていた。自分の率いる三個師団を他の国に退避させたいと考えたのは、マーシャルも同じだったからだ。
マーシャルはシュルツの考えが分かっていた。今は一時第三国に退避しているが、そのうちにシュルツと合流できる時が来る。それまでこの部隊を安全に守りながら、補強できるところはしてもらいたいとシュルツが考えていることも分かっていた。そして、それができるのはマーシャルだけだということも、二人の意見で一致していた。
三個師団で武力を維持し、さらに軍隊としての体制を保っていることがシュルツの計算の中での一つの策だった。
もう一つは金銭的な問題で、こちらはシュルツがアクアフリーズ国存続の間に、外国に秘密結社を築いていたことで、その問題もある程度解消されていた。
民主国家であれば、政府が独自に秘密結社を創設することは憲法の範囲で禁止されていたことだろう。
しかし、アクアフリーズ国は絶対王政の王国だった。
王家は国家元首でありながら、一つの家系として独自の財産を自由に保有できる。それは税金という形でのものもあれば、民間を保護するという名目で朝貢金を収めさせるという形もあった。
そのどちらも税金と言えば税金なのだろうが、アクアフリーズ国は国対維持のために朝貢金を貢がせることで、王政を保てていた。
民主国家から見れば、独裁国家にしか見えないだろう。国民から王家を支えるための朝貢金を募るのだから、自由社会の資本主義ではありえないことだった。
しかし、それが平和を保つことができた一番の理由だということも見逃せない。事実アクアフリーズ王国は、他国からの侵略を受けたことはない。軍隊の規模も世界的には軍事大国とも言えるほど備えていて、
「あくまでも専守防衛のための軍隊です」
と、国際社会に訴えてきたが、実際にその言葉に嘘はなかった。
植民地時代にも侵略による植民地支配を行ったわけではなく、あくまでも独立できずに列強から植民地化される危険に晒された国が助けを求めたのがアクアフリーズ王国だったのだ。
アクアフリーズ王国は他の植民地経営とは違い、条約も不平等なものではなかった。
他の列強は、関税や領事裁判権などの点で高圧的な条約を結び、完全に植民地を自分たちの利益のために利用するだけ利用しようと考えていたのだ。
しかし、アクアフリーズ王国は発展途上の国と不平等条約を無ずぶことはなかった。関税も平等で、領事裁判権も撤廃していた。そのおかげで彼らはアクアフリーズ王国に感謝し、宗主国として敬う気持ちを持ち続けていた。
植民地時代が終わって、ほとんどの植民地と呼ばれる国が独立していった時も、宗主国と属国という関係は保たれていた。
特に植民地時代の終わりを告げる時、発展途上国の間に独立の波が押し寄せた時、当然のことながら、平和的に独立を達成できた国はほとんどなかった。
「独立をしようとする国と、それを許さない国の戦い」
これが植民地時代の終わりを象徴していた。
独立を目指す国というのは、国家としての体裁はお世辞にも整っていなかった。あくまでも植民地には政府としての団結はなく、頭の中にあるのは、
「まず植民地としての支配を終わらせること」
というのが一番だった。
そのために軍の体制を整備したり、先述の勉強のために、支援してくれそうな大国から軍事顧問団を招き入れて、軍事面での発展は著しかった。だが、それは独立を成功させても、そこから先のビジョンに発展するものではなかった。
元々の宗主国には、強大国としての軍が存在していて、とてもこの間まで属国だった国の軍隊では太刀打ちできるものではない。
太刀打ちできるとすれば、ゲリラ戦を中心とした人海戦術であったり、テロによる自殺行為であったりと、とても作戦とは言い難いものでしかなかった。
だが、世界の情勢は独立国が増える一方で、強大国の間で限られた政治体制の大きな二つの陣営のどちらかに属さなければ存続できないような世界になりつつあったのだ。
そのため、両陣営は独立しようとしている国を自分の陣営に取り込みたいという考えから、兵器の供与であったり、軍事顧問団の派遣など積極的だった。
しかし、世界の最大とも言える強大国が直接関与することはなかった。もし、直接やってしまっては、相対する相手の強大国と直接対峙することになり、世界大戦の危険をはらむことになってしまう。
その頃人類は世界を破滅させるだけの兵器をいくつも保持していて、
「使用しないことが平和への均衡を生んでいる」
という不条理な理屈の元に築かれたいわゆる、
「薄氷を踏むかのような緊張の傘の下での平和」
を描いていたのだ。
独立しようとしている国には、そんな強大国の思惑など分かっていない。自分たちだけのことで精いっぱいなのだが、それも植民地時代に属国に対して教育を行ってこなかったつけが回ってきたのだろう。
植民地時代に下手に教育を施して、民主平和を求めた独立運動に発展することを恐れたからだろうが、
「因果応報とはこのことだ」
と歴史を知る人はそう思っているに違いない。
しかも、歴史研究家の間では、
「歴史は数百年の周期で繰り返している」
と思っている。
数百年単位で体制が戻ってくるというもので、その理論としては、バイオリズムのグラフのように波打ったいくつかの体制がグラフ上に存在しているという。縦軸にその勢力であり、横軸は時代を示している。いくつかの体制はその大きさに微妙な違いがあり、百年単位で巡ってくるのだが、十年近くの違いから、数百年に一度、ゼロのところでそれぞれの線が交差するようになっているというのだ。
「その瞬間が世界の分岐点であり、下に行くか上に行くかは、その時の運命によるものだ」
という歴史学者の発表もあった。
植民地時代の終わりを告げたこの百年間がちょうどその数百年に一度に当たり、それを意識している歴史家は多かったが、肝心の政治家や革命家、思想家にはほとんど意識している人はいなかった。
もし、いたとすればシュルツくらいのものだろうが、シュルツも半分は、
「迷信だ」
と思っていたほどで、真剣に考えていたわけではない。
だが、人の話を真面目に聞く姿勢が他の政治家よりも長けていることで、歴史家の説教にも真面目に立ち向かった。
そのおかげで、誰にも理解できない考えを理解はしていたのだが、悲しいかなシュルツは政治家である。どうしても現実的なことを大切にしなければいけない立場なので、漠然とした研究にまで考えを及ぼすほどの余裕はなかった。
だが、こうやって隣国でクーデターが起こり、自国にまで影響してきて、自分たちが亡命までしなければならなくなったことで、歴史家の話を思い出したのも事実だった。
――まさか、これが数百年に一度の歴史を繰り返している瞬間だとは思えないが、少なくとも自分の想定外のことが起こったのは事実だ。そう思うと、歴史家の話を思い出さないわけにもいかない――
と考えるようになった。
幸いに、亡命した国にはたくさんの歴史家がいて、大学も充実していた。
アルガン共和国は、チャールズの父親が、青年時代に留学した大学がある国でもあった。チャールズも皇太子の時代に留学したことがあったが、その時は同盟国の大学で、帝王学を主に学んだ。
しかし、チャールズの父親は、アルガン共和国にて多く学んだのは帝王学ではない。歴史学を専攻していたのだが、その時学んだことを中心に王国に君臨したことで、王国は繁栄を迎えることができた。
チャールズが帝王学だけを学べばよかったのも父親のおかげだと言ってもいいかも知れない。そんな父親と一緒に学んだのがシュルツだった。
父親とは主君でありながら、唯一友達として話ができる相手だったこともあり、あの時の父親の側近で、いまだに現役で国王のそばにいるのは、シュルツだけだった。
「歴史学というのは、本当に面白いよな」
と父親は言っていた。
「ええ、そうですね。私もそう思います」
立場が違っていたので、父親とシュルツは同じ感覚で理解できたわけではない。
その時のシュルツの答えは曖昧だったが、それくらいのことは父親には分かっていた。分かっていたが、別に咎めることもなく、やりすごした。それはシュルツのプライドを傷つけないようにしたからだ。
この考えが、今のシュルツにはある。
「相手を陥れることは簡単だけど、いいところを引き出して、それをこちらの有利に利用しようというのは難しいことなんですよ」
とシュルツは以前、チャールズに言った。
「どうしてだ?」
「陥れるのは自分だけの感情で済むんですが、相手のいいところを引き出すというのは、相手の気付いていないいいところを指摘して、それを引き出すために言葉も選ばなければいけない。相手を分かったうえで、自分も分からないとできないことなんですよ」
というシュルツに、
「なるほど、難しいんだな」
とチャールズが言ったが、
「その通りです。私はそれをあなたのお父上様から教わりました。だから、今度は私がチャールズ様にお教えする番です」
と、言った。
これはシュルツの本音だった。究極の目標と言ってもいい。父親が自分に何をどのように伝えたかったのか、その頃のシュルツには分からなかったが、今は分かるような気がする。相手がチャールズであることがシュルツには嬉しかった。
シュルツは、今回の亡命先にアルガン共和国を選んだのはそういう理由もあった。
アルガン共和国は父親の時代から一番の友好国として優遇されてきた。今の国王になってからもそれは変わりない。
普通であれば、国王が変われば、相手国も警戒して一歩引いて見たりするものだが、アクアフリーズ王国にシュルツが代表でいることで、その心配はなかった。
「シュルツ長官が私どもに対して代表者を務めていただけるのであれば、私どもは安心してこれまで通りの友好を保つことができます」
と、相手国からも言われ、シュルツも安心してアルガン共和国を友好国として認識し、条約も協定も数多く結ぶことができた。
その中には密約と呼ばれるものもあった。
それぞれの国が窮地に陥った時に発効されるもので、今がまさにその時なのだが、発効期間中であっても、それを公にすることはできないと、密約には記載されていた。
なぜなら、非常事態における発効なので、敵対している集団にそのことが分かってしまうとせっかくの密約の意味がなくなるからである。二人を受け入れてくれたのも、この密約があったからだが、これだけでは借りを作っただけになってしまい、シュルツのプライドが許さない。
「早く何とかしないと」
とシュルツは考えたが、彼の中に焦りはなかった。
アクアフリーズ国は、国名を変えることはなく、体制を絶対王政から共和制に変えただけであった。しかし、国際的にはアクアフリーズ国はあくまでも王国であり、国名を変えることは、まったく違った国になるということで、それは革命による新国家建設を行ったことになる。
それはアレキサンダー国としてはあまりありがたいことではなかった、
アクアフリーズ王国という名前は、その国名という言葉以上に強力なものだった。他の国との協約もアクアフリーズ王国という国と結んでいると、協約には明記されていた。それはまるでクーデターが発生するのを予期してでもいたかのようだが、そんなことがあるはずもなかった。
だが、国名を変えずに体制だけを変えるということは国民感情としては、急速な変革に対しての戸惑いと混乱を招かないという意味でもありがたかった。国民は絶対王制に対して、まわりから見るほど不満があったわけではない。国王に対しては尊敬の念を持っていたし、それは教育やプロパガンダなどの宣伝によるものではなく、実際にそう思っていた。そんな状態で、
「急に共和制と言われても」
と感じている国民はたくさんいたということだ。
しかも共和制と言っても、政府が敷いている政治体制は軍政である。軍部による抑圧の上に成り立っている政府なので、国民は今迄から比べると、自由に対しての制限や搾取されているという発想が大きかった。
しかも、新政府が共和制の中で行ったこととして、農地改革があった。従来の地主と小作人という体制から、小作人自身の土地にして、彼らに直接年貢という税を課すというものだった。
これは封建的な体制からの脱却としては必要なことなのだが、今までの国家体制から考えると、国王という君主がいて、さらにそこから政府、国民がいるという体制なので、封建制度が成り立つにはちょうどよかった。
もちろん、封建制度を世界から遅れた旧体制として危機感を抱いていた人もいるだろうが、実際にはうまく行っていたのだ。それを急速な民主化によって推し進めた農地改革の結果、地主の破産と、小作人の意識の薄さは想像以上に混乱を招いた。
指導者のいない農地改革では、年貢を納めることができなくなった農地を離れる農民が続出し、土地は荒れ放題。次第にそれまで取れていた農作物が取れなくなったことで、食糧危機に陥り、農地改革の失敗が、そのまま民主化の失敗を意味するようになっていった。
各地で起こった暴動を軍部は抑えることができなくなり、次第に軍部の崩壊が現実味を帯びてくる。それがそのまま民主政府の崩壊に繋がり、一時期アクアフリーズ国は無政府時代を迎えることになった。
無政府時代というのは、無秩序を意味している。事の重大さに危惧したアレキサンダー国は、すぐに臨時政府と称し、傀儡政権をアクアフリーズ国に作った。しかし、無政府の状態にどんな政権を傀儡で作ったとしても、その力は皆無に等しい。誰も臨時政府の言うことを聞くわけでもない。何しろ政府として明文化した体制があるわけではない。あるのは過去の王国時代の法律だけだった。
アクアフリーズ国は無数の体制に分断され、いくつもの政治団体ができあがり、完全に無法地帯と化してしまった。そんな様子をシュルツもチャールズも言い知れぬ憤りを持って受け入れるしかなかったのだ。
そんなアクアフリーズ国に対して、他の国からの干渉はほとんどなかった。混乱に乗じて体制を自国に取り込めるような状態であれば介入もできるのであろうが、下手に介入して自国の軍隊を壊滅させるようなマネはできるはずもない。
「介入するということは、撤収する時を見定められる状態まで計画していなければ、できることではない」
というのが、他国への内政干渉を目論む場合の条件である。
他国には他国のルールがあり、国民感情も存在する。他国の混乱に乗じて軍事介入をする場合、名目も必要になるが、たいていの場合、その名目というのは、
「居留民の保護」
というのが一般的である。
その際に居留人の中には、諜報活動に従事する者もいて、彼らの情報が介入には必要不可欠である。今のアクアフリーズ国に介入するということは、下手をすれば、介入することで世界各国からの非難を浴びかねない。
その時のアクアフリーズ国内の混乱は想像を絶するものがあった。
略奪、強盗、強姦、虐殺などが蔓延り、秩序などという言葉はどこへやら、同一民族同士の無秩序は、他国からの侵略とは違って、悲惨を極めていた。
シュルツとチャールズは、そんな母国を憂いながらも自分たちにできることを着々と進めていた。
まず最初にしなければいけないのは、自分たちで独立国家を築くことだった。それには必要なものはいくつかあるが、アクアフリーズ国から亡命した時に一緒に持ってきた、
「王位継承の際の神器」
がまず絶対だった。
王位継承の際の神器に関しては、アクアフリーズ王国内部はもちろんのこと、国際社会的にも認められているものであり、たとえアクアフリーズ国内部での王位継承ができなくなったとしても、正当な王家を継承するという意味で神器を持っているということは、どんな政府よりも強力であった。
「これさえあれば、独立国家を築くことはできますよ」
と、シュルツは言った。
「逆にいえば、これがなければ、どんな政府を作ったとしても、それは神器を持った政府よりも劣るということです。これは国際的にも認められていることであり、国際社会の特例とも言われています」
と続けた。
この話は帝王学を学んだ時に聞いていた。そのため、
「我が国は、他の国にはない特殊な国家体制を築いているんだ」
と思うようになっていた。
しかし、この話はアクアフリーズ国内の、一部の人しか知らないことだった。
王家はもちろんのこと、政府でも一部の人間だけが知っていることで、軍部にはそのことは知らされていなかった。つまりはクーデターを起こした革命政府はそのことを知らない。だから、農地改革が失敗したことも、さらに今の無秩序状態がどうして起こったのかということも分かるはずなかった。
当然、アレキサンダー国としても、アクアフリーズ国のこの混乱はまったく想定していないことだった。
「絶対王政の国を解放してやれば、我々を解放政府として迎え入れてくれる」
と単純に考えていたからだ。
だから、今でもアレキサンダー国はおろか、世界のほとんどの国ではアクアフリーズ国のことを、
「信じられない事態になっている」
と思っていることだろう。
そして、この混乱がいつまで続くのか分からず、今は手をこまねいて見ているしかないと思っていた。
アクアフリーズ国内部では、まわりの国が考えていることと違うことを考えていた。
実は。このことは昔から伝わる神話に予言されたことであった。
「ある時代になると、王政が突然共和制に変わり、他から介入してくる国家があるが、彼らには我が国の体制を分かっていないので、改革をいくら施そうとも失敗に終わり、国は混乱する。無秩序状態が続くことで荒れ果てた国家になってしまうが、やがて国王が凱旋され、国の秩序を取り戻される。それまで国民は耐えなければいけないが、それもそんなに長い時期ではないだろう。そして、凱旋された国王によって、我が国は恒久平和を取り戻すことになる」
というものであった。
国民は、教育でそう教えられてきた。
もちろん、神話なので自分たちの時代に起こることだとは思っていなかっただろうから、他人事のように思っていたはずだ。しかし、実際に起こってしまうと、神話に対しての信憑性を疑う者は誰もおらず、ひたすら国王の凱旋を望むようになっていた。
しかも、この神話の内容は、介入してくる連中に知られてはいけないという言い伝えもあることから、余計に他国の人々には、アクアフリーズ国を不思議な国としてしか見ることができなかった。
「迂闊に介入なんかできない」
実際に介入してしまった国は、撤収するにも身動きができなくなってしまって、派遣した軍を見殺しにするしかなかった。見殺しにすることで介入した国の政府は、自国民からの信任を失い、中には革命を起こされた国家もあった。
「あの国に関わると、ロクなことはない」
と言われるようになり、まるでアリジゴクのような国家だと評されるようになっていった。
そんな状態のアクアフリーズ国に介入することはタブーであったため、アクアフリーズ国から他に逃れることは、案外と難しいことではなかった。まわりは介入できないので、少し離れたところから眺めるだけしかできない。そんな状態で、国外に逃れる人をいちいち確認などできるはずもなかった。
しかも、武器の流出も同じことで、国外に逃れる難民に紛れて、武器も流出していった。さすがに戦車などの軍事車両や、戦闘機などの大きな兵器を簡単に流出はできないが、銃火器や弾薬は少しずつ難民と一緒に海外に流出していった。
その行先は、
「チャーリア国」
という新興国だった。
この国が独立を宣言したのはまったく他の国から見れば寝耳に水のことで、電光石火の建国宣言だった。
この国の国家元首としての大総統にはチャールズが就任し、首相としてチャールズを補佐する立場にはシュルツが就いた。要するにチャーリア国というのは、チャールズとシュルツが、
「できることをやった結果」
として建国された独立国だったのだ。
実は、シュルツとチャールズの存在は、国際社会からは忘れられた存在になっていた。アクアフリーズ国でクーデターが起こり、実際にはアルガン共和国に逃れた二人だったが、その動向を知っている人は、誰もいなかった。アルガン共和国でも、二人の存在は国家機密となっていて、政府首脳の一部しか知らなかったのだ。アルガン共和国での二人の生活は実に質素で、まさか元国王と軍部首脳だとは思ってもいなかっただろう。
「生きていたんだ」
と、どこの国の首脳もビックリしていたが、一番驚きと歓喜を持ってこの情報がもたらされたのがアクアフリーズ国に残っていた国民たちだった。
アクアフリーズ国からの難民たちは、人知れず二人が生きていたことを個人的に知らされており、彼らの国外への逃亡を補佐する機関をシュルツは持っていた。
元々シュルツは、クーデターが起こった際、自分たちが亡命する以前に、国王親衛隊というべき精鋭部隊を、最初に国外に避難させていた。自分たちの亡命が成功したのも、この精鋭部隊が裏に存在していたからだった。
彼はその精鋭部隊を使って、これから独立国家であるチャーリア国の国民として、そして兵隊として存在してもらう人間を確保していたのだ。
そして、銃火器や弾薬もしっかりと独立国に搬入することができたのだ。
実際の重火器や戦車などの軍事車両、戦闘機などは精鋭部隊によって他国に手配されていて、密かに独立国に持ち込まれていた。武器弾薬の流入により、それらの兵器に息が吹き込まれることになるのだ。
すべてはシュルツの計算通りに進んだ。
「チャールズ様、ここまでくれば、もう安心です。ここから先は今までのように秘密裏を必要としませんので、いよいよチャールズ様が表舞台に立たれて、実際に活躍される時がやってきたのです」
とシュルツは言った。
チャールズもシュルツの完璧な計画に感嘆を覚えながら、自分の震えが止まらないのを感じていた。
「武者震いがしてきたよ」
というチャールズに、シュルツは安心したかのように微笑むと、
「これで第一段階が終了したというところですね。これからが本当の勝負ということかも知れませんね」
というシュルツに対し、
「そうかな? 今までのシュルツを見ていると、私は安心しかないんだよ。シュルツはかつて口を酸っぱくして言っていただろう。『戦いは始まる前にすでに決しているものですよ』ってね。今のシュルツを見ていると、前準備ですべてやり尽くしたように思えるんだが、どうだい?」
とチャールズは言った。
「さすがでございますね。確かにおっしゃる通りです。しかし、時間というのは刻々と動いております。不測の事態にならないとも限りません。だから気を緩めてはいけません」
とシュルツは言った。
「分かった」
「それに私がやってきた前準備は、チャールズ様にもできることだと思っております。それだけの教育は受けていると思いますし、私のそばでいつも見ているのだから、チャールズ様にもそれだけの力が備わっていると私は感じております」
というシュルツに対して、
「買いかぶりすぎだよ」
とチャールズは苦笑いをしたが、その表情はまんざらでもないように見えた。
その裏には、自信が漲っているように感じられるとすれば、それはシュルツだけではないだろう。
アクアフリーズ国から逃れて難民となった人は、昔からの神話を知っている人たちだった。
この国には知られざる神話が残っていて、一部の宗教団体であったり、王家から分家となって民間として生きてきた家系にだけ伝わっているものだが、宗教団体に分家が関わることになってから、彼らの勢力は強くなっていた。
アクアフリーズ王国では、絶対王制を敷いてはいたが、比較的宗教活動に関しては自由に行われていた。
しかし、布教に関して制限があったりしたが、それはあくまでも宗教活動と称して、あこぎな取引に利用されることを恐れただけで、そのあたりへの厳しさは、他の国の比ではなかった。
そんな中、アクアフリーズ国独自の宗教団体が存在していた。他の国では自国のみの宗教団体というのは存在しない。もちろん宗教団体がそのまま国家となっている国はあるにはあるが、国家としては実に特殊なもので、国家としての財産は存在せず、すべて信者である国民によるものだった。つまりは国民総意がなければ国家としての決定ができるわけではなく、そんな国が長く存続することなどできないと思われた。
ただ、国際社会の暗黙の了解として、その国への侵略は許されないものとして存在した。実際にこの国家が建国され三十年くらい経っているが、侵略を受けたことはなかった。
その理由は、
「国民がすべて宗教団体の信者ということもあり、侵略しても国民感情を蹂躙することが困難であること。そして、国土が狭く、侵略しても領土的な利益はほとんどない。何しろ地下資源などは皆無であり、国民も国の産業を開発するという考えがないこともあり、国民感情と合わせても、侵略する価値のない場所だ」
という共通認識があるからだ。
ただ、実際の国土は狭いわけではなかった。山岳地帯が多かったり、人が生活をしていくにはライフラインの提供が難しいことで、侵略しても価値がないという意味で国土が狭いという表現になっているだけだ。
シュルツは、この国に目を付けた。侵略というわけではなく、金銭でその土地を譲り受け、そこに難民や集めてきた武器、弾薬を貯蓄しておく場所をキープしていた。
そして宗教団体への援助も行いながら、次第に自分たちの勢力を高めていく。
独立国家構想が実際に形になってきたのは、この国の一部の割譲に成功したからだった。
アルガン国の一部に独立国の本部を立ち上げ、実際の軍事基地や、兵器格納の場所として割譲してもらった宗教団体の国の中に建設していた。割譲された場所を正式に独立させることは、宗教団体との最初からの密約であり、軍事基地や難民の避難場所として確立してしまったこの場所を、宗教団体としても自国の領土としていることに懸念があったからだ。
国としての本部と、軍事基地とが離れているのは少し気がかりだが、直線距離ではさほど離れているわけではない。しかも、その間を結んでいる場所を領有する国とは友好関係を結んでいるので、本部が強襲されたりした場合に、スクランブルにて直線距離での救援には、領空侵犯という問題は発生しない。そういう意味でも軍事基地としてこの場所を決めたのは、シュルツのシュルツたるゆえんとでもいうべきか、軍人としての本領発揮であった。
アルガン国の政府も、
「なるべく手を貸してあげたいと思いますが、あまり表に出ないようにしないといけないので、制限があることはご了承ください」
と言っていた。
「いえいえ、そのお気持ちだけで嬉しいです。国土を割譲いただけただけでも本当に感謝しております。貴国にはご迷惑をおかけしないように努めてまいります」
というシュルツの言葉に、アルガン国首脳は、両手で手を握り、切に願っていることを身体で表現していた。
こうやってできあがったのがチャーリア国だった。
国際社会へは承認されたが、さすがにアレキサンダー国は成立を認めない。
「我々にとってチャールズとシュルツは国家犯罪人とみなしています」
と、宣言していた。
だが、実際に二人を国家犯罪人として認識している国はどこにもなく、アレキサンダー国だけが承認し、それに追随する形で認識している国は、すべてがアレキサンダー国によって作られた傀儡政権だけだったのだ。
アレキサンダー国自体はそれほど表立ってひどいことはしていなかったが、傀儡政権と目される政府は、かなりの国際的には容認されない非道なことを行っていた。
傀儡国家というのは、元々あった国に対してアレキサンダー国が侵略し、侵略した国を統治するために、自分たちに都合のよかったり、言いなりになる連中を国家首脳とした政権をいう。
ほとんどの侵略を受けた国には傀儡政権が存在する。傀儡政権でなければ、元々侵略を受けた国の首脳は、いつ裏切るか分からないからだ。
また、傀儡政権にはアレキサンダー国にとってありがたいこともある。
元々の政権では自分たちの友好国が動こうとする時、反発を受ける可能性があった。しかし傀儡政権は自分たちの体制による政府なので、こちらを正当な政府だとして友好国がいろいろな条約を結ぶことができる。
たとえば軍事的に友好国から軍隊を駐留させることができる。もちろん、居留民保護という名目があってのことだが、それも条約を有利に結んでいればこそのできることであった。
さらに、傀儡政権と友好的な条約を結んでいれば、領空侵犯などの問題もなくなり、自由に戦闘機の飛行が可能になるのだ。領空侵犯として地対空ミサイルに狙われる心配や、領空侵犯によって他国から避難を受けることもない。それだけでも軍事作戦的に圧倒的な優位を保てるのだった。
また、経済的にも同じことが言える。
友好国として関税を安くしてもらったり、自国の産業の流入も可能になり、かなりの優遇を受けることもできる。傀儡政権というのは、元々あった政権と違って、自由に立ち回ることができる。
ただ、それだけ尻軽であることは否めない。混乱する国際社会の中では、吹けば飛ぶような存在であることも事実で、そういう意味では、同盟を結ぶ国としても、
「利用するだけ利用して、引き際を間違えないようにしないといけない」
という意識を植え付けるものだった。
だが、現在は破竹の勢いのアレキサンダー国である。しばらくの間は傀儡政権も安泰だと言えるだろう。
侵略を受けた国は、そこに傀儡政権を樹立していたが、国によってはアレキサンダー国に併合されるところもあった。政権は統治はするが、国家としての機能ではなく、地域として考えられる。併合することでアレキサンダー国は膨張を続けるが、併合がいいのか、それとも傀儡政権の樹立を目指し、友好国としての地位を築くのがいいのか、それはアレキサンダー国の腹積もり一つであった。
「併合することはあきらかな侵略であり、国土的野心がむき出しになるからな」
という発想もあるが、基本的には地下資源が問題だった。
いくら友好国として傀儡政権を打ち立てたとしても、あくまでも他国である。したがって貿易するには関税が存在し、資源が多ければ多いほど、税に使う金が必要になってくる。
昔のような植民地支配の時代ではなく、独立国家が増え続け、国家飽和状態になっている世界の情勢を考えると、時代の逆行にも思われるだろう。
だが、それはそのまま植民地支配の考え方に繋がるわけではなく、今は完全に独立国家の精神が世界に蔓延している。いずれはまた植民地に近い世界がやってくるかも知れないが、今は完全に時期尚早である。
「時代は繰り返すというからな。でも、それも数百年単位のものだから、今植民地という考え方が危険であることは、ほとんどの人が認識していることだろうね」
と国際会議の場で考えられている一般論として某国首脳が語った言葉だった。
そういう意味で、シュルツとチャールズが独立国家を建国したということは、二人が亡命したというニュースが流れてから今まで、まったくニュースにならなかったにも関わらず、ここまで早い時期に電光石火のごとくの建国に、世界は大いに衝撃を受けた。
そして、それが国際社会に受け入れられたのは、傀儡政権による残虐な行為が世間に公表され始めたタイミングだというのもうまく作用していたのだ。
アレキサンダー国としても、傀儡政権にある程度自由を与えていたが、世間に残虐性が訴えられるようになると、さすがに放ってはおけなくなってしまった。
しかも、このタイミングでの建国宣言、アレキサンダー国は二重のショックを受けたのだ。
ただ、これもすべてがシュルツの計算だった。
傀儡政権がこの世で蔓延り始めた時から、実際には残虐性はあった。
傀儡政権というのは、吹けば飛ぶような政権であることをよく理解していたアレキサンダー国の首脳は傀儡政権に対して、
「このことは知られないようにしないといけない」
として、表向きは自由であるということを思い知らせる必要があった。
アメとムチを使い分けることが傀儡政権に対しての対策だったのだが、そのうちにアメばかりになってしまったことがアレキサンダー国にとっては計算外だった。
だが、シュルツはそこまで計算していた。
「どうせ、傀儡政権を維持させるために、自由にやらせる必要があることから、傀儡政権はアレキサンダー国が、自分たちが何をやっても黙認してくれると思っていただろう。しかも、傀儡国家が表立って非難されるような事態に陥れば、彼らが助けてくれるという希望的観測を持っているに違いない」
と言っていた。
その予想は見事的中した。
彼らは占領地域で、軍部や政府首脳とが一枚岩ではないことを苦慮していたが、暴走は止めることはできない。
軍隊に統制力はなく、部隊それぞれで士気の高まりも違っていた。モラルという考え方も欠如していて、
「どうせいつ死ぬか分からない俺たちなんだ」
という思いが兵士個人個人にはあり、その思いを他の人も持っているということを知ると、集団意識のなせる業で、暴行、強姦、略奪、ありとあらゆる悪行を行うようになる。
なるべく表には出ないようにしようと思えば思うほど、あからさまに写ってしまう。何しろ市内には、自分たちだけではなく、外国人居留民もたくさんいるのだ。そんな彼らから見れば、
「未開人の乱行」
にしか見えていないことだろう。
そんな軍部を政府も止めることはできない。政府はなるべく黙殺して、自分たちは悪くないという保身に入ってしまう人ばかりである。
しかも、保身は自分だけの保身であり、いくら同じ団体の人間だとはいえ、
「こうなったら、もう誰も信用できない」
という疑心暗鬼に陥ってしまう。
もうこうなると、正常な状況判断をできる人はいなくなってしまう。特に下士官や下級将校などは、自己嫌悪と前の見えない状況によって鬱状態に陥ったり、判断ができない精神状態に陥ることで、自殺者が後を絶えないという状況になってしまった。
政府や軍部で、そんな状況が続いてくると、傀儡政権は、足元から崩れてくる。
しかも、政府の高官や首脳は、そんな事態をまったく分かっていないのだ。大きな屋敷が数匹のシロアリによって、徐々に見えないところで家を支えている大切な部分を長い時間をかけて蝕んでいるかのようである。
だが、ここでのシロアリは、そんなに猶予を与えてくれるわけではなかった。政府所濃が気付く時というのは、他国からの侵攻を受け、それまで内政を抑えていた軍部が初めて対外戦争を迎えた時、明らかになる。
政府首脳から、侵略者への迎撃命令が出されるが、実際に迎撃に向かう部隊は存在しない。
なぜならすでに軍隊としての統制も士気も存在していなかったからで、もし存在していたとしても、対外相手に戦争をしようと立ち上がった瞬間、足元が崩れて、すべてが瓦礫に埋もれてしまうという問題を孕んでしまうことだろう。
「そんなバカな」
といっても、もう遅い。
シュルツはこうなることを分かったうえで、傀儡政権の足元を揺るがす工作を、地味に行っていた。
傀儡政権というのは、しょせん臨時政府であり。彼らは本当の支配者としては素人であった。
そんな連中だから、下々にまで目が行くわけはないという計算から、シュルツの工作は簡単だった。
今回のチャーリア国建国宣言までに費やした計画がいくつかあるが、この傀儡政権の崩壊を招く作戦ほど簡単なものはなかったはずだ。
「思ったよりもうまく行ったな」
とシュルツはほくそ笑んでいた。
実際に初期目雨滴を達成するまで一番最初に成果が出たのが、この傀儡政権に対しての政策だった。
シュルツはこうやって傀儡政権を崩壊に導くことで、自分たちも傀儡政権とあまり変わりはないという意識が薄いアレキサンダー国首脳をあざ笑っていたのかも知れない。
シュルツが、アレキサンダー国が本当のクーデターを決行しても、完全な成功までには至らないことは最初から分かっていた。
彼らは、チャールズ国王が敷いている王国としての体制の崩壊を目指し、自分たちの解放を高らかに宣言していたが、それには肝心な何かが足りないことをシュルツには分かっていたのだ。
「解放や独立するためには、何かカリスマとなる絶対的な存在がないと、中途半端に終わってしまう」
という理念を持っていたのだ。
チャーリア国の建国は、国際社会からは容易に認められた。まだまだ国家としては小さなものだが、国を保っていくうえでの体裁は整っていた。それは亡命してから後のシュルツの行動が、
「新しい国を作る」
という理念で、最初から形成されていたからだろう。
クーデターが起こり、命からがらと言ってもいい状態で亡命したことを思えば、よく建国までこぎつけたものだと思うが、それだけシュルツという男の頭の中の切り替えが早い証拠だろう。
普通であれば、クーデターを予知することもできず、国王に命の危険を察するまでの心労を与えてしまったのだ。ショックで何も考えられなくなるものなのだろうが、いったん非難を終えてからの行動の素早さは、それだけ気持ちに潔さがあるというべきか、チャールズはつくづく感心させられた。
ただ、最初からチャーリア国の建国を目指していたのだとすれば、彼の計画は実に一点の曇りもないものなのだろうが、その先に別の何かを見ているのだとすると、シュルツの次の一手が気になるところだった。
チャーリア国は、本当に小さな国だった。国家の体裁という意味ではほとんど呈していなかったが、その後ろ盾にはアルガン共和国があった。
アルガン共和国との間で秘密協定が結ばれていたが、これに関しては誰も知らなかった。アルガン共和国の一部首脳しか知らず、そしてチャールズもハッキリとは知らないことだった。
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