第21話

「我々はクシャラ自治都市、自治軍兵である。誰かいないか!」

「心桜様、わたしが――」

「いや、瑠璃はここにいて」


 心桜はその場で一つ息を吐くと「いるけど、今動けないから勝手に入ってきて」と声を返した。


「失礼する」


 声と共にドアは乱暴に開けられた。そして三人の男たちがドカドカと入ってくる。どうやら三人とも真人のようだ。

 彼らは心桜と瑠璃を見ると一瞬身構えたが、心桜の胸元に下げている魔石に気づいたのか「なんだ。魔者と奴隷か」と安堵したような声を漏らした。


「何か用?」

「ああ、失礼。あなたはこの近辺にお住まいの魔者か? この家に暮らしている、という様子ではなさそうだが」


 室内を見回しながらリーダー格らしき一人が言う。心桜は首を横に振った。


「ちょっと怪我して動けなくなったから、たまたま見つけたこの空き家で休ませてもらってるだけ」

「怪我? 魔者が?」

「悪い? 腕が焼けて炭になって崩れて消えたから絶賛再生中なんだけど。見る?」


 言いながら心桜は包帯でぐるぐる巻きになっている腕を軽く挙げた。男は眉をひそめて「いや、遠慮しておく」と視線を心桜の腕から逸らす。そして「しかし、そうか」と一人納得したように頷いた。


「パースの街の大火に巻き込まれたのだな」


 ――バースの街。あそこ、そんな名前だったんだ。


 思っている間にも男は続ける。


「あの大火、生き残りも瀕死の状態の者ばかりで原因は未だ不明と聞くが、あなたは何か知らないか?」

「知らない。寝てたら周りが燃えてたからとりあえず自分の物だけ守って逃げたからね」

「そうか。まあ、そうだろうな。街は大混乱だったらしいし。今は国の調査団が街に入っているが、原因を探るのは難しいだろうな。あそこは昔も同じように謎の大火で壊滅に陥った街。何か呪いのようなものでもあるのかもしれんな」

「ふうん……」


 ――昔も同じ事が?


 少し気になる話ではあったが、とくに深掘りするようなことでもない。心桜は「それで?」と首を傾げた。


「あんたたちはここに何をしに? 空き家を不法占拠してるわたしたちを捕まえにでも来た?」

「……心桜様」


 小さな声で咎めるような瑠璃が言った。心桜は横目で彼女を見てから肩をすくめる。


「早く休みたいんだもん。身体痛いし」

「ああ、そうだな。すまない」


 男は軽く頭を下げて謝る。どうやら彼は魔者相手でも畏怖や嫌悪感などは持っていないらしい。そういった感情はもしかすると育った環境によるのかもしれない。

 そんなことを思っていると男は「我々は人間を探しているんだ」と続けた。心桜は眉を寄せて瑠璃に視線を向ける。しかし彼は「ああ、いや。あんたの奴隷のことじゃない」と首を横に振った。


「探してるのは脱走した人間だ」

「脱走?」

「ああ。奴隷商が商品を輸送中に盗賊に襲われてな。そのときに商人が殺されたもんだから首輪が取れちまって一人逃げたんだ。背丈はこれくらいの女の人間なんだが」


 男は右手で自分の腰くらいの位置を示した。


「……子供なの?」

「ああ。まあ、人間と言っても奴隷同士で生ませたやつで人間の言葉も俺たちの言葉も理解できる。だから価値があったんだが、どうやら言葉がわかることが仇になったようでな。親も仲間も見捨てて一人で逃げ出しやがったんだ。さすがに自治区管理地域内で逃がした人間を野放しにしておくことも出来なくて周囲一帯を探しているんだが、どうやらその様子だと知らないようだな」

「まあ、さっき意識が戻ったところだし?」

「そうか……。もし見つけたらクシャラ自治都市の役所にある奴隷課まで連れて来てくれ。良い額の報酬を出す」

「わかった」


 素直に頷くと男は「助かる。怪我、大事にな」と片手を上げると仲間を連れて出て行った。


「……なんか拍子抜けってくらい普通に会話するおじさんだったな」


 馬が走り去って行く様子を窓から見ながら呟く。すると「それはクシャラ自治都市の住民だからでしょうね」と瑠璃が口を開いた。


「何か違うの? あの街と」


 瑠璃は頷きながら心桜が手に持ったままだったコップを受け取り、テーブルに置く。


「あの街、パースという街は歴史のある街で人間への嫌悪感や畏怖が根強い土地です」

「なんで?」

「さあ。理由はおそらく誰も知らないんじゃないでしょうか。一説によると過去、人間によって壊滅状態になったからという話もあるようですが」

「ああ。さっきのおじさんも言ってたね。昔も火事で壊滅状態になったって」


 瑠璃は頷く。


「古くから存在する街ですから、少なからず災害にあったりもあったようです。彼が言っていた大火もかなり昔の話のようで誰も真実は知りませんが……。対してクシャラ自治都市は比較的新しい街です。その名の通り住人たちが街を治めているんですが、ここは奴隷を所持する富裕層が多く住んでいます」

「なんで? 奴隷を持っている人は変人とか変態とか言われてるんじゃ無いの?」

「よくご存知で」

「あの宿屋に泊まってた野蛮な客が言ってた」


 瑠璃は苦笑すると「一般的にはその野蛮な客と同じ認識でしょうね」と続ける。


「ですが、一部では人間を所持していることがステータスになるようです」


 心桜は眉を寄せて首を傾げる。


「なんで?」

「さあ。よくわかりませんが、シャドラ様はこの世界で生き残っている人間は希少価値が高いから持っていると注目を浴びるんだろうと仰っていました」

「いやー、まったく理解できない。だって人間は即殺すのが普通なんでしょ? 恐いから」

「ええ。しかし人間によってこの世界が滅ぼされかけたのは遠い過去の話。近年ではそんな昔話はただの作り話だとする世代が出てきた、ということのようです。そんな人たちはこの世界ではどういう扱いになると思いますか?」

「変人」

「はい。その変人が集まって出来たのがクシャラ自治都市です」

「ああ。だからあのおじさんもわたしたち見ても普通だったのか。変だから」

「それもありますが――」


 瑠璃は何やら荷物から取り出しながら「あなたがそういう感じだからというのもあったかと」と続けた。


「なに、そういう感じって……」

「これを」


 言って彼女が荷物から取り出したのは小さな手鏡だった。彼女はそれを心桜の顔の前にかざす。


「鏡って……。まさか顔も火傷でひどいことになってたりするわけ?」


 心桜はおそるおそるそれを覗き込む。そして言葉を失った。そこに映っているのは確かに心桜だ。

 そのはずだ。

 しかし両目の瞳は赤く染まり、茶髪と黒髪の間くらいの色だったはずの髪は薄い赤色に変色していた。


「なにこれ。え、誰?」

「あなたです」

「いや、わたしだけど違くない? ロックすぎるってこれ。趣味じゃないわー、こんなの」


 痛む手を動かして髪や顔を触る。その動きに合わせて鏡の中の自分も同じように手を動かした。間違いなく自分である。心桜は思わず「えー……」と力なく声を上げてため息を吐いた。


「なんでこうなってんの? わたし」

「魔力が身体に回ったからでしょうね」

「あー、なんかシャドラが言ってたね。魔力が身体に馴染んできたら見た目も変わるだろうみたいな」

「はい。まだ変化は続くと思われますが、あの街でかなりの魔力を使った証拠でしょう。一気に大量の魔力が身体へ供給された為に見た目が著しく変化したのかと」

「治る?」

「治るも何も、それがこの世界でのあなたの本来の姿だと思いますが」

「えー……」


 心桜は再び力なく声を上げてベッドの上に仰向けに倒れた。


「――嫌なんですか? その姿」

「嫌でしょ。普通に考えて」

「なぜでしょうか。その姿なら、この世界でも変な目で見られることはありませんよ」

「そんなことはどうでもいい。わたしは黒髪に黒い瞳が良かったの」

「なぜですか?」

「だって――」


 心桜はゆっくり瞼を閉じた。記憶に浮かんでくるのはフワフワの髪の毛を揺らして嬉しそうに心桜の髪を撫でる幼い慎の笑顔。


 ――慎が、綺麗だと言ってくれたから。


「……黒染めってどこかで売ってない? 黒のカラコンも」

「ないです」

「えー……」


 心桜はガッカリしながら身体から力が抜けていくのを感じていた。ひどく疲れた気がする。まだ起きたばかりだというのに、また眠ってしまいそうだ。


「心桜様?」

「――ごめ。ちょ、眠くて」

「大丈夫です。もうしばらくお休みください」

「ん……。瑠璃、今度は――」

「いますよ。大丈夫。ここにいます。今度は買い物に行くような場所もありませんし」


 穏やかにそう言った瑠璃の声に安心して、心桜はゆっくりと眠りへと落ちていった。

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