第14話
街の中は大通りから離れると入り組んだ路地が多い。しかし瑠璃は迷う様子もなくズンズンと歩いて行く。周りがどんな目で見てこようとも気にしていない様子だ。
「けっこう来てたの?」
声をかけると彼女は視線だけを心桜に向けた。
「道、覚えてるみたいだから」
「けっこう、というほどでは。何ヶ月かに一度、シャドラ様から買い物を頼まれることがあった程度です」
「その割にはこんな入り組んだ道、よく覚えてるね?」
すると彼女は「子供の頃はよく走り回ってましたから」と言った。
「走り……?」
「はい。身を守るためには細い路地を走って移動する必要があったので」
「――そう」
なんとなく想像がついたので心桜はそれ以上聞くことをやめた。瑠璃は路地をグルグルと歩き続け、やがて一つの小さな建物の前で足を止めた。入り口の上には枕のマークが掘られた木製の看板がある。
「ここが宿?」
「はい。わたしも何度か泊まったことがあるので安全ですよ」
瑠璃はそう言うと宿のドアを押し開けた。カランカランとドアに付けられたベルが鳴る。
中に入るとすぐに受付があったが人の姿はない。
「ごめんください」
「はーい」
瑠璃が声をかけると受付の向こうにあるドアが開いた。中から出てきたのは四十代くらいの女だ。彼女は瑠璃を見ると「おや、瑠璃ちゃん」と親しげな笑みを浮かべる。
「今日もシャドラ様のおつかい?」
「いえ。今日は宿泊をお願いしたく思いまして」
「おや、それは珍しい」
女は言いながら心桜に視線を向けた。彼女は一瞬だけ眉を寄せたが、心桜の胸元に下げている石に視線を留めると苦笑する。
「なんだ、魔者のお嬢さんかい。人間かと思ったじゃないか。シャドラ様のお友達?」
女は親しげな様子で話しかけてくるが、その目は笑っていない。街中で向けられているのとも少し違う。彼女から感じるのは恐怖や畏怖ではない。嫌悪だ。心桜はそんな彼女を無言で見つめる。女は小さく息を吐いて「ま、いいか」と笑った。
「部屋は二部屋でいい?」
「いえ。一部屋で構いません」
「じゃあ、二人部屋だね」
「いえ。一人部屋で大丈夫です。一緒に寝ますので」
「え?」
「え?」
思わず口を開いた心桜の声と女の声が重なった。瑠璃は不思議そうに心桜と女に視線を向けると「なにか?」と首を傾げる。
「一緒に寝るの?」
「あんたら二人でかい?」
「そうですが」
「まあ、女同士だから別にかまわないだろうけど、うちのベッドは広くないよ? 瑠璃ちゃんも知ってるとは思うけどさ」
「ええ、構いません」
「いやいや。わたしが構うんだけど?」
「先ほど言ったはずですよ。贅沢はできない、と。それに心桜様も仰いました。わたしに任せると」
「そりゃ言ったけどさぁ」
心桜はため息を吐く。さすがに同じベッドで寝るとは思っていなかったのだが、お金はすべて瑠璃の貯金だ。心桜がとやかく言える立場でないことも事実。
「――わかった。いいよ、それで」
「では、一泊でお願いします。セツさん」
「はいよ。銅貨四枚ね」
瑠璃は頷くと財布代わりにしているのだろう布袋からコインを四枚取り出してカウンターに置いた。そして宿帳に名前を記入するとセツから部屋の鍵を受け取る。
「あと、夕食は食堂の方で取りたいのですが」
瑠璃の言葉にセツは「食堂で?」と目を丸くした。
「はい。席はどこでも構いませんから」
「んー、まあ、どこでもいいなら」
言いながら彼女の視線は心桜の方に向けられた。その決して好意的ではない視線を受けて心桜は再び無表情に彼女を見返してやる。
「揉め事は起こしませんので、お願いします」
「そうかい? 瑠璃ちゃんが言うなら、まあ仕方ないかね。テーブルを一つ予約しとくよ」
「ありがとうございます」
深く頭を下げる瑠璃を当然のように見ているセツに腹が立ち、心桜は「ねえ、他の客にもそうなの?」と思わず口を開いていた。
「ん、なんだい?」
「だから――」
「なんでもありません。すみません、セツさん」
瑠璃がスッと心桜とセツの間に入った。そして「よろしくお願いします」と会釈してから心桜の手を掴んで階段へ向かう。
引っ張られるようにして階段を上がりながら振り返った先では、セツが冷たい表情でこちらを見ていた。
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