第13話

 門をくぐった先には賑やかな街並みが続いていた。どうやら門のすぐ近くは商業地区のようで様々な店が並んでいる。活気のある街らしく、呼び込みのかけ声も聞こえてくる。しかしそれも心桜たちが店の前を通ると聞こえなくなってしまった。


「すごい嫌な感じなんだけど」

「魔者と人間のセットは基本的に忌みと恐怖の対象ですから」


 そう答えた瑠璃は「あ……」と思い出したように立ち止まった。そして「心桜様、ちょっとこちらへ」と人気のない狭い路地裏へと心桜を連れて行く。


「え、なに」


 誰もいない薄暗い路地で瑠璃は荷物を下ろすとその中からペンダントらしきものを取り出した。その先端には六角形の形をした黒い石が飾り気もなくぶら下がっている。


「どうぞこれを」

「なにこれ」

「石です」

「それは見たらわかる。すごくダサい石だってことが」

「とりあえず付けてください」

「え、嫌なんだけど。ダサいって言ってんじゃん」


 しかし瑠璃は問答無用とばかりに迫ってくると心桜を建物の壁に押しつけて両腕を回し、抱きつくようにしてくる。


「ちょっ!」

「お静かに」


 彼女の柔らかな胸元に顔を埋めながら心桜は為す術もなくペンダントを付けられてしまった。


「よくお似合いですよ」


 唇が触れ合いそうなほどに近くで彼女は無表情にペンダントへ視線を向けながら言う。


「最低なんだけど。殺していい?」

「お好きにどうぞ」


 彼女は平然とそう言うと一歩離れた。解放された心桜は改めてペンダントに視線を向ける。黒い石だ。宝石でもなんでもない、ただの石。


「……で? これがなに?」

「証明です」

「なんの?」

「あなたが魔者であるという」

「は? どこが。ただの石じゃん」

「それを握って魔力を込めてみてください」


 心桜は眉を寄せながら言われるがまま石を握った。しかし、魔力の込め方がわからない。考えていると「さっきみたいな感じでいいんですよ」と瑠璃が言った。


「さっき?」

「殺していいか、と仰っていたじゃないですか。あなたはわたしを殺すとき、どうやって殺しますか?」


 真顔でそんなことを言ってくる瑠璃に心桜は呆れてため息を吐く。


「殺さないよ。あんたのことは」

「そうなんですか?」

「さっきのは冗談。殺すわけないじゃん。あんたはもうわたしのものなんでしょ? わたし、自分のものは大切にする主義だから」

「……そうなんですか」


 そう答えた瑠璃は無表情ではあったが、どこか嬉しそうに微笑んでいるように見えた。心桜はもう一度ため息を吐くと「でも、あの門番は本気で殺そうと思ったから、あの時の感じか」と石を強く握る。

 向けられたのは森の中で感じたような殺気。絶対に殺してやるという悪意しかない気配。そんなものに負けるくらいならこちらからお前を殺してやる。

 そう思ったとき、左目が熱を帯びてきた。そこから全身へと巡っていく温かな力を握った石へと集中させる。力を注げば注ぐほど、石はその全てを吸い込んでいく。


 ――もっと。もっと強い力で。この世界で慎を守れるくらいに強い力を。


 次第にぼんやりしてきた意識の中、そんなことを思っていると「もう結構です。ストップです、心桜様」と耳元で瑠璃の声がした。

 ハッと我に返ると目の前に瑠璃の顔があった。心桜は思わず声を出して後ろに身体を反らしたが、その反動で壁に後頭部を打ち付けてしまった。


「いったぁ……。なにしてくれてんの、瑠璃」

「わたしは何もしておりません。それより石をご覧ください」


 ズキズキする後頭部を空いている方の手でさすりながら心桜は握っていた手を開いた。すると手の中には透き通った真っ赤な宝石のような六角形の石があった。


「……色が変わった? なに、手品?」

「それがあなたの魔力の色です」

「魔力の色」

「赤い魔力は魔者の証。透明度は魔力の強さを示しています」

「透明度が高い方が弱いの?」


 しかし瑠璃は首を横に降った。


「透明であればあるほど強いです」

「へえ。わたしは?」


 心桜は瑠璃によく見えるよう石をかざす。彼女はそれをまじまじと見つめてから「そこそこです」と言った。


「……どっちつかずじゃん」

「身体に魔力が馴染めば透明度は変わります」

「そういうもんなの?」

「以前聞いたシャドラ様の説明によればそうらしいです。そしてそれを身につけていればあなたが魔者であることは一目瞭然」

「ああ、だから証明……」


 言いかけて心桜は瑠璃を見つめた。彼女は「なにか?」と不思議そうに首を傾げる。


「街に入る前にこれをくれたら無駄にイラッとしなくて済んだんじゃないの?」

「そうかもしれませんね」

「なんでくれなかったの?」

「忘れていました。街に入ってすぐに思い出せて良かったです」


 彼女は良いことをしたと言わんばかりの口調だ。心桜はこの街に来て何度目かの深いため息を吐く。


「あんたってさ……」

「はい?」


 不思議そうな表情を浮かべる彼女を見て心桜は「あー、いいや。なんでもない」と笑う。


 ――有能そうなのに抜けてるって。天然かっての。


 そこがまた慎と似ている。心桜は深く息を吐き出すと「で?」と路地から大通りへと向かって歩き出す。


「今日はこの街に泊まる?」

「そうですね。この街ならわたしも土地勘がありますし。心桜様にも多少はこの世界の常識を学んで頂きたいですし」

「常識、ねぇ。別に学びたくもないんだけど」

「常識がないと情報収集すらできませんよ」

「力尽くでいけるんじゃない?」

「野蛮ですね」

「この世界の方が、でしょ」


 しかし瑠璃は答えなかった。しばらく大通りを歩いてから「ひとまず」と彼女は口を開く。


「宿を確保しましょう」

「お金あるの?」

「はい。シャドラ様から毎月お給金を頂いておりましたので」

「……それ、あんたの貯金じゃない?」

「使い道もなかったから貯まっていただけです。そんなに大金を持っているわけではないので、今後を考えると贅沢はできませんよ」

「まあ、別に贅沢しようなんて微塵も思わないけど。お金の価値もよくわからないから、とりあえず任せる」

「かしこまりました。では行きましょう。知っている安い宿屋がありますから」


 言って瑠璃はほんの少しだけ心桜よりも前を歩く。


 ――お金、か。


 このまま彼女の貯金を食いつぶして旅をするのはさすがに気が引ける。どこかで稼ぐ方法を考えなくては。

 そんなことを考えながらチラリと瑠璃の横顔を見ると、彼女はなぜか少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る