第7話

「魔者っていうのは、なんなの?」

「魔の者です」

「殴っていい?」

「乱暴者は嫌われますよ」


 シャドラは澄ました顔で言うと「魔の者とはつまり、魔の力を授かった元人間の総称です」と続けた。


「……もっとわかりやすく」


 心桜の言葉にシャドラは「そうですね」と視線を上向かせた。


「先ほどお話した迷惑な日本人」

「最初の魔王?」

「ええ。その魔王は迷い込んだ日本人を保護して、とある実験をしていたらしいです」

「魔王なのに?」

「だから、ですよ。最初の魔王は知識もあり、この世界の言葉も理解できるほど知能も高かった。それでも、この世界の者たちが持つような力がなかったんです。いわゆる魔力ですね。魔王はその力を得たいがために人間に様々な実験を行った。魔力の強い魔人の心臓やその他様々な内蔵を移植したり、この世界のあらゆる生き物の生肉を食わせてみたり、それはもう残虐な実験だったらしいです。その結果として生まれたのが魔者です」

「……つまり魔力を持った人間?」

「わたし、先ほどそう言いましたよね?」


 そう言って静かに紅茶を飲むシャドラに心桜は舌打ちをする。そして椅子の背にもたれると「その魔者は即排除されるような差別対象にはならないわけ? 人間なのに」と聞いた。


「なりません。なぜなら魔者は元人間であり、人間ではないからです。言葉も通じますし魔力も持っている……」


 そこまで言ってからシャドラは「持ちすぎている、と言ったほうが正しいですね」と続けた。


「持ちすぎている? 魔力を?」


 シャドラは頷いた。


「この世界で一番の魔力を持っているのは魔者です。その魔力ゆえ、魔者は死にません。老化もしません。自らその魔力を放棄しない限り、基本的に死は訪れません」

「……それって、不老不死ってこと?」

「そうですね。ただし魔者は己の一部を他人に与えることで自らの力を分け与えることができます。あなたがレイヴァナから目を授かり、口づけをもらったように」

「口づけとか、マジ迷惑なんだけど」

「目はいいんですか」

「そこは別にどうでも」


 心桜の答えにシャドラは笑う。


「でも口づけの加護は必要ですよ。それによってあなたの身体はレイヴァナの眷属となった。だからこそ、彼女の目に込められた力に順応できているんですから」

「……つまり、キスされなかったら死んでたってこと?」

「死ぬ方がマシでしょうね。魔力によって身体は肉塊になり、しかし魔力のせいで死ぬことはできない。文字通り、ただの化け物になってましたよ」


 それを想像するとさすがにゾッとする。心桜は舌打ちすると「じゃあ、許す」と顔をしかめながら言った。ククッとシャドラが笑う。


「ちなみにこの世界にいる魔者は多くありません。レイヴァナの眷属も今ではわたしとあなたのみ。わたしは彼女から血をわけてもらっただけなので大した魔力はありませんが、それでもこの世界では上位の魔力。魔者は差別されない変わりにその力ゆえ敬遠されています」

「敬遠……?」

「ええ。この世界にもいくつかの国があり、王がいる。王は新たな魔者の存在を認めるとそれに特別な爵位を与える。公・侯・伯・子・男が通常の爵位ですが、魔者は公の爵位を頂きます」

「それって偉いの?」

「貴族の中では一番上ですね。ただし、大公ではなく魔大公と呼ばれ、たいした権力は与えられません。貴族の集まりに呼ばれることもなければ政治にも参加しない。領土も与えられません」

「……じゃ、何してんの?」

「何も」


 ゆっくりとシャドラは言って微笑んだ。


「何もしないことを条件に屋敷を与えられ、普通に暮らせるだけの財産を与えられるんです。唯一呼ばれるのは国が武力による危機に陥ったときだけ。でもこの世界は基本的には平和です。戦争なんて滅多にありません。ですからわたしたちは何もせず、ただ生きています。疲れますしね。この世界の人たちと関わるのは」


 シャドラはそう言うと紅茶を飲み干した。そして「こんなところです。わたしからお話できることは」と言った。


「他に何か聞きたいことは?」

「あんたの目と髪の色、とても日本人とは思えないんだけど?」


 即座に質問した心桜にシャドラは「気になるところはそこなんですか」と少し呆れた声を上げた。そしてメイドに視線を向ける。メイドは心得たとばかりにエプロンのポケットから小さな手鏡を取り出した。


「わたしの目と髪の色はレイヴァナの魔力によるものです。彼女の力によって目と髪は彼女の色に近くなった。あなたもですよ」


 差し出された手鏡を受け取り、自分の顔を映してみる。そこに映っているのは見慣れた自分の顔だ。ただし左目が赤く、右目は薄く紫が混じっているような気がする。髪も少し色が抜けているのか茶色っぽく変化していた。


「……ギリギリ日本人だと思う」


 心桜が言うとシャドラはため息を吐いた。そして「魔力がその身に馴染んでくると少しずつ右目や髪の色も変わると思いますよ」と言った。


「あんたみたいになるの?」

「いえ。先ほども言いましたが、わたしは血を少しもらっただけ。左目をもらったあなたほど魔力は強くないんです。おそらくあなたはよりレイヴァナに近い色になるんじゃないかと思います」

「えー。白髪になるの嫌なんだけど」

「……あれを白髪だなんて、怒られますよ。プラチナブロンドと言ってあげてください」

「どうせ二度と会わないでしょ」


 しかし、それにシャドラは答えなかった。代わりに「もう質問はないでしょうか?」と首を傾げる。

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