第三十五話 山田オリガくん、決戦前に味方から不意打ちを喰らう!!




 討論の準備はつつがなく終わった。

 新進気鋭の『ナチュラルボーンドスケベ美少年』山田オリガと、アメリカ神殿騎士団テンプラーズのシスターテレジアによるコラボ。

 もっともコラボの形はしているものの、コラボと聞いて皆が思い浮かべるような明るく楽しいお祭り……というイメージはない。

 山田オリガが過去に人工筋肉を量産するため、アラクネ種とヤギとの遺伝子交配を行うという、神の領分を穢そうとする行為への異端審問――海外系のコミュニティではすでにそういう形で噂が広まっている。


 そして、場所を提供してくれたのは日本のダンジョン探索者協会。

 坂浦長官にとってはオリガが、未だ世界でも最大の宗教勢力からにらまれるようになったらたっぷりと恩を着せて利権を貪る。その野望のためならこの程度の手間、何ほどの事もない。



 大勢のカメラや撮影ドローンが注目する二つのテーブル。

 それほど豪奢でもない、会議室にあるような無味乾燥なそれが、今や世界中が注目する討論の舞台となっている。

 ナターシャは控室のモニターで舞台を見ていた。

 まるでボクシング世界王者決定戦でもやるような感覚の中、自分がチャレンジャーのセコンドにつくような気分でナターシャは椅子に腰かけるオリガに言う。


「緊張してないかい、オリガくん」

「学会で論文発表するよりは気楽ですよ」


 そういえば天才少年だと持て囃されていたのだったな、とナターシャは思い出した。

 ナターシャ、鳳陽菜、そしてそれほど多くない関係者はこの討論会がすでに台本の出来上がっている八百長試合であることを聞かされている。

 ふと、携帯端末を見た。

 配信待ちの段階で国内外から5000万をこえる接続数を稼ぎ出している。こんなに大勢から視線を浴びていると考えるとさすがに緊張で震えがくる。それに対してオリガは手元の資料に目を通して最後の調整に移っていた。

 確かに……無駄な緊張をするぐらいなら最初から配信画面を見ないようにするのは有効な戦術かもしれない。


 そしてナターシャはモニターに映る、舞台から少し離れた場所で討論の時間を待つシスターテレジアを見る。

 なんとなく虫が好かない。きっとアメリカ時代のオリガくんの事を知っているであろう彼女が羨ましいのやら妬ましいのやらでムズムズするのだ。


「彼女、初対面の時にハグを我慢してるって言ってたけど、毎回されてるのかい?」


 じー、と思わずシスターの修道服の上からでも分かる胸元に視線をやる。

 でかい。生まれて初めて負けた。オリガくんが誘惑されてしまわないだろうか、とついつい余計な質問をしてしまった。

 だが礼儀正しいオリガにしては珍しくちょっと嫌そうな顔をする。


「シスターテレジアは良い人ですよ。能力も人格も信頼に値する立派なお人です。

 ただぼくをぬいぐるみ扱いして可愛がってくるのでちょっと苦手ですね……」


 ナターシャはオリガから見えない位置でガッツポーズをした。



「それにしても。神様がいるならこの遺伝子改造に関する問題に対しても答えを出してくればいいのに」


 ダンジョンがこの世に生み出され、神も実在すると証明が成された。

 しかし神は直接的に手を貸しはしない。まるで転んだ子供が擦りむいた膝の痛みに泣きそうになりながらも一人の力で起き上がるのを見守るように、手助けは人知を超えた領分のみにとどめている。

 オリガは資料をめくる手を止めて、ちょっと難しそうな顔をした。


「ナタさん」

「うん」

「ダンジョンが現れ、神殿が築かれ、神様の存在が証明されるようになって。

 40年も経つのに世界三大宗教のうち二つの神様がどうして未だにお声を聞かせてくれないかわかりませんか?」

「え?」


 うーんと考え込むナターシャにオリガは遠い目をして答えた。


「神様自身のお声はいただけないので詳細はわかりませんが。

 有識者の答えは『下手に神様が声をかけたらダンジョンなどよりもはるかに凄惨な人類同士の内戦がおこりそうだから』という内容でした」

「笑えない……」


 本当にあり得そうなので困る。

 そうやって会話をしながら時間が過ぎるのを待っていれば……どうやらいろいろと作業を手伝っているらしい鳳陽菜が駆け寄ってくる。


「お兄ちゃん、出番だよ! 肩の力抜いて頑張ってね!」

「はい」

 

 山田オリガは本当になん気負いも見せない様子で椅子から立ち上がり、壇上へと進もうとする。

 そこで、ふと、ナターシャは祝福をすることにした。自分だって探索者協会で自主練をしていた時にキス(代理としてにょろにょろから)してもらったのだ。お返しをしなくては。


「オリガくん」

「はい。なんですか、ナタさ」


 駆け寄って身をかがめ、オリガの頬にちゅっと軽くキスをする。

 

「え」

「勝利のおまじないさ、頑張って」


 瞬間、オリガの顔は熟れたリンゴのように真っ赤になり。廊下を進む足取りも右足と右腕が同時に出る始末。

 突如として仲間からもたらされた強烈なデバフ効果。ヒナがナターシャへと若干キレ気味の視線を向けるのも当然かもしれない。慌てて二人ともオリガを追って会場へと向かった。

 見れば大勢の観客がオリガの緊張した様子に、仕方ないよな、と同情の声をあげていた。


『おい、見ろよオリガくんめっちゃ緊張してる』

『当然だよ、下手をすりゃ世界最大の宗教組織から目をつけられるかもしれねーし』

『美少年の赤面顔とかいいなぁ』

『もっとシリアスな方面に目を向けろよ……』


 だいたいナターシャの祝福のキスのせいであるけど、もうこうなっては仕方ない。頬に残る柔らかい感触が思考を邪魔する。だが、まだだ。対面に座るシスターテレジアから何度かハグを受けた時の感触に比べればなんてことはない――そう言い聞かせる。

 オリガは真っ赤になった顔を、手のひらで叩きながら机に座った。


『それでは討論会を始めたいと思います』


 司会進行の声がどこか遠く聞こえる。

 舞台は整った。 

 入念な準備でようやく坂浦長官の喉元に刃を突きつける距離まで迫ったのだ。

 ここからがあの半年間の総仕上げだ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る